灸活。
たまにするお灸はいいもんだ。
一人ひとりの身体にそれぞれのツボが点在している。
笑いのツボに差異があるように、それぞれに。
お灸じゃなくていい。
「お灸でも試しにしてみるか。」
という軽い思いつきを具体化させること自体が良いのだと思う。
体力は気力にはかなわない、というのが私的結論かもしれない。
体力が弱っても気力がその場を補うことが多々ある。
経験が役に立つなんてのもそれにすごく似ている。
その逆に、気力が弱ってしまうと、
ワタシの場合、体力が無事でも、その気力の陰りを補ってあげることは難しい。
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軽い思いつきを試していられる「山中時間」は希有だなあと感じながら暮らしている。
大切なのは実験だ。
自分の内なる仮説(”お灸してみようかな気持ちいいかな”等の思いつき)を
実験をして、検証してみる。
その辺の柿の木の葉、桑の木の葉、熊笹の葉を摘んで干してお茶にしてみる。
お金もかけないという点もまた、自分のツボを軽く揉んでくれているに違いない。
そういったさまざまな思いつきと実験。
それらを内包する”山中時間”という存在の強度。
これは自分が弱いからこそ、
自分なりに感じて、考えて、
そのたびに思いついて、実験ができるのだとワタシは想う。
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by 907011
| 2023-03-17 06:47
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