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山中記

聴く春。

ワタシは飽きっぽい。
飽きることに飽きるくらい飽きっぽいのだ。
落語かなんかに、
飽きっぽいお婆さんが居て、
生きるのに飽きて死んだものの、
「死ぬのも飽きたと生き返る」という話があった。
しみじみと共感できる話だと思う。

半農半Xはそんな飽きっぽい自分にはうってつけだと思う。
稲作だけストイックにできない自分に、
有償の事務作業があったり、集落のことをしたり、
この春からは自然畑を復刻させて、以前採った種をまいてみたりetc.

とりわけ畑の時間は、稲作からも頭を切り離してなお、
会議などで疲れてしまう脳みそを妙にリセットして鎮めてくれる。
人見知りしてしまう相手と話したり、
明らかに表情が死んだままただじっと話を聞き続けたり、
そんな時間ですぐ消耗してしまう自分脳に、
鳥の声、カエルの声、ときどきウグイス、
山の沢の水の音、そして風がときおり自分を撫でながら吹いていくのを体感する。
Xを何の時間にするか、それはその人の、けっして誰からも奪われることのない、
本物の自由だ。

自然の時間、山中時間は、
飽きっぽくてすぐに疲れてしまう自分をすっぽりと包み込んでくれる。
しかも無言で。
土と向き合って、難しい”水ごったく”と対話する。
言葉や先入観のどれほど弱いことか。無意味なことか。

ただ、耳を澄まして聴けば良かったのだ。




聴く春。_b0079965_04243668.jpg



雪で”ツキヨメ”最奥の道は埋まっていた。
想うことのすべては、まだ、間に合うようにできている。


 *


今日は山中公民館に事前投票所カーが30分だけやってくる。
全候補者の主張が書かれた広報を見た。
柏崎市議になってもらいたいぞと、
俺は山﨑ともひとに票を入れるさね。
山さんの想いと決断は大きくて深くて、分厚くやさしい。

誰に札を入れるかにおいて、
山﨑ともひとと、山﨑ともひと以外とに選択肢は分かれる。
前者はしっかりと弱い自分とも対話をしてくれてきたので、
俺はリスペクトも込みで札を入れる。単純に。

自分が弱った冬などに、
定期的に玄関先に様子見に来てくれて、
何を話すでもなくまた帰っていったひとりが山さんだった。
札入れ。良ければ一緒に、どうぞどうぞ。
是非。





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ブログテーマ:我が家のガーデニング・家庭菜園
by 907011 | 2023-04-21 04:33 | Trackback | Comments(0)
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