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山中記

雨の日の農家、それはそれで小忙しい説。

おととい水曜。
高尾集落にミツタカ先輩を訪ねる。

以前いただいた(借りパクした?)苗洗いマシンが、
R5年産の苗箱を洗おうとした早朝から不具合が出てしまっていた。
パカッと開けてみると、
ベルトが回らないチェーンは踊り波打っている状態で、
元の持ち主・ミツタカさんのドッグへ返納して恐縮ながらお願いをする。
カムバックサーモン。

「百姓」は機械やしつらえの不具合があった際に
まず自分で見ようとする。
俺も見るところまではできても、直せるのは3回に1回くらいで、
他1回はミツタカさんや他の農家などに相談しに行く。モノを持って。
そして、残るもう1回分はお財布の紐を緩める覚悟で、
震える手で農機具屋に電話を入れるコース、となる。

苗箱洗い機を下ろして見てもらっていると、
ちょうど高尾の親戚筋・カツオさんも
足を引きずりながら(謎の負傷中)登場し、
あーでもないこーじゃないのかという機械を囲んだ農家談義となる。
その後昼まで育苗プール清掃を行う。
段取り完璧なミツタカ氏の的確な指示で
デッキブラシを借りてプールの土などを落水しながら押し流す。
一人より二人、二人より三人。
(カツオさんは洗い機の話のあたりで、
 ミツタカさんに本来の用を伝えてまた日常生活に帰ったけど。)

手はあればあるほど良い。
がしかし、もう半日以上手伝わねばいかん様子のままお昼の鐘は誰にも等しく鳴る。
水平と時間は平等な価値の等価交換を示す。
大忙しい先輩大農家に大恐縮しながら山中に小さく戻る。

ちょうど前日からの相談案件だった
今夏コンバインを買うためのディスカッションをしながら手は止めず、
我らは会うと、案外と真面目な話ばかりしていた。
真面目すぎてもイカンとセガレガクに注意されそうだ。

 *

そんな、おととい午後。
うちのバカボンがお世話になっている学校のウタシロ先生が
ツキヨメ温泉の源泉を見に来がてら目をつけていたという、
ツキヨメ田んぼ(植えられず自己保全)に逆さまに突き刺さってきた木を
伐採して玉切り、という作業に
「ヤマナカレッジ的援農お助け事業」で軽トラで同行してもらった
マサノリさんが見事なチェーンソーさばきを披露。

俺は伐ってもらった木をフンガーフンガーと道へ運び、
センセイが細かく刻んで積む。
3人手があると、仕事は2時間で終わった。



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一服の合間に、森ネットワークに通い始めたマサノリさんから
センセイに刃の研ぎ方講習となる。
太鼓のイトーセンセイと、学校のウタシロセンセイ。
俺は傍観して切り株に座る。3者3様。
2千数百円あれば、チェーンソーの刃は買い換えずともメンテナンスができる。



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田んぼに刺さったクルミの木は良い薪候補となり、
センセイと俺は冬のタキギに、
マサノリさんは定期的にゆく沢登り本読みキャンプの薪が
うちの薪小屋から「薪のサブスク」で確保される。

長岡の材木屋社長が言っていた、
川上(山森林の地主と伐採屋)、
川中(かつての筏で材を運び、刻み、乾燥した製材屋、材木業。今回、筏は軽トラに代わった)、
川下(家を建てる業者や施主。薪小屋から焚き火と薪ストーブやら木を焼いて火に替える使う我ら)、
「3方良し」の関係が成立となった。

一日経って、昨日午後に二度目の薪ピックアップに来たセンセイは脱輪というおまけ付き。
俺も「パーティ行かなアカンねん」状態で、出かけねばならぬ用があったので、
頼れる岡野町集落・平沢自動車のフミヤス親分が来てジャッキアップと牽引で事なきを得る。
センセイの良い車がスクラップ&ビルド(車大破して買い換え)にならなくて良かった。
ライクアローリングストーン。

 *

さて。
苗箱洗おう。
晴耕雨読とはなかなかならんものだ。
活字が読みたいし、読み込まねばいけないという資料たちも積ん読状態のままだ。
やらねば。

草刈りもまだ始まっちゃあいない。
コンバインだけ買う話でもなく、
”溝切り”もおそらく機械の更新予定が迫っている。
今年と来年、何かと入り用。
ワタシはどこで何をして稼ぐべきか。
時間は平等に限られている。時間が欲しい、切実に単純に。

人材育成のための塾構想を具体化して
日本の漂流したい若者を広く募り呼ぶ算段を
10日後に別の仕事でゆく直江津で、
「なんてね」とか言いながら、ふたたびセキハラさんと海見てしよう。
渚の思考で我らは空想の航海を試し、妄想の航海を続けるのだ。

一人でいい、一人の手が、
あの人とこの人と今の自分にも加わってくれるようなことができれば、
もっと山中でできる、しなければならんということは山のように積み残されている。
焦らない。
がしかし、自分も一歩ずつ老いている。
あと長くて25年くらいで死ぬとして
理想型としては後継者を3人つくって一生を終えたい。
終えたときに、
「あー、ムラの暮らしが小ちゃいながらいつも通り続いてるのは、
 結局カネでも政治でもない第三のナニガシカだったよね~」というナニガシカを
墓に「移住、定住」する前にどうにか具現したい。

 *

もとい、それは人によっては1人でいい。
いま我らが脳内にある山中ですべきこと、したいことの後継者と、できれば一緒に。

農家を供にしながら供に飯を食い、悩み、働き、祭れるであろう農山村の後継者。
ムラとムラとが成せるクニを数珠つなぎしようと試みる、
事務処理能力と草刈りが半分ずつできる人材は
やがて高柳でも何処であろうともクニか和合かの絵を描くことができるのだと思う。

自分は贔屓目に見ても議論を重ねる体力も適当ではないし、
後に出会う、躯体に期待がしたい。という他者依存、妄想。
未来はボクらの手の中とブルーハーツも唄っている。

 ※

さあカッパ着て洗おう洗おう。
そうさ、男は祭りで男を磨くんだーと今日も北島のサブローセンセイも唄ってる。
9時には事務所で打ち合わせと農業振興会の会議が迫っている。

自分が関わる仕事は
そのいずれも自分がそう遠くないうちに不要になれるように、
そう信じて仕事に携わっている。
すべてのサービスはそれがいずれなくなるためにやっている。
長岡時代に「長岡が家庭菜園率世界1」になればいいと夢見て仕事をしていた。
そうだ、自分もそうだったのだから、人もやりたければ田畑を自分のためにやればいい。
消費者であり生産者であれば、それが良い。

長岡で若者の職安的な国事業事務局に携わったときも、
悩める若者たちにとって、いつか
自分らの仕事がなくなることこそが自分の理想だと信じてやっていた。
江戸時代に還ろうかみたいな妄想をしながら。
なくなってしまえ、なくなれるように頑張ってみようかな、と。
主に居酒屋のカウンターとか美術館のソファで構想していた。

 *

山中はムラとしてたぶんこのままいけば大丈夫そうと怪しニヤニヤと浮かべる。
高柳は、というと正直現時点ではよくわかっていない。
あとは誰が具体的に動けるのか、
口しか動かない会議はもう満ちて溢れかえっているように映る。
会議なら黒姫山のてっぺんでやればいいなどとつい思ってしまう。
そのフットワークができる人らで。

おそらく新たな人材はやはり絶えず必要で、嬉々として具体の行動ができる人、
そのためには往還者との接点を生み出したいその実験が始めたいところ、かもしれない。

田植え終わっても全然遊んでいない。
貧乏暇なしのまあ健康的な方のヤツ、
というような状態なのかもしれない。

その都度、打席に立ち続けて来る球を打とうとする、
試みる力を使って鍛えて蓄えて、また打席に立とうと向かう。
下っ手くそなのに下手くそでも。

萩本欽ちゃんが、難しい仕事に対して言っていたところの、
「でも、運は、そこにしかない。」というやつだ。




” これから30年経ったときに
 この集落があるか無いかまで追い詰められていく現状を見たときに、
 門出和紙がこれから30年残ったとしても
 集落が無かったら意味がないんだよ。

 俺がやってる紙はここで漉いてるから意味のある紙で、
 他に行って漉いたってなんの意味もない「風土の紙」だから。
 それなら紙以前に集落を残さなければいけない。

 それは倅が後を継ぐとなった段階で俺の責任として
 手を加えることもなく、なんにもしないでいることが
 俺にとっては卑怯というか耐え難いものがあるから”
(小林康生)


 




****************

by 907011 | 2023-06-16 04:14 | Trackback | Comments(0)
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