夏至から節分まで。
駅前の未明。
そうだよなあ
こういった宿にもグリーンティーをつくっているお茶屋さんがいる
そうなのだよなあ、
当たり前じゃないぞ捨てたものではないんだぞ
などと自分が自分と再確認する。
風呂の歯ブラシだってそうだ。
洗濯物をビヨヨーンと干すのか?風呂にある謎のワイヤーもそうだ。
これで死にかねない人もいる。
俺は自由の意味を片目瞑ってシャワーして鼻唄歌いながらでも背中に思い知らされる。
生きることはすぐさま今死ぬコトかもしれん。
ズボンプレッサーファブリーズ警報器謎の絵怖い。
トイレ風呂場の灰皿、鏡もそうだしメモ帳も鉛筆もそう。
5000円札握りしめてお前これどうだやってみろと言われても絶対にできない。
つくることもいきることもしぬことも。
公務員は公務員で議員は議員で魂を削って日々を暮らしている。
暮らしながら日々耕してるからだから時々に笑い合える。
文句言うだけ代替案無しとか、ただ脚本押し付けるだけとか
それはたとえば昨夜笑い合ったあの人たちをリスペクトできるなら、
まず違うんじゃなかろうかそうなのか?と欺瞞を持ってしまう。
決して取り巻くな自分よ、できるなら見守れと言い聞かせる。
削ってるのに、身内だって家族だって。
田の畔にいる昆虫の方が『世のなか』を信用して
ただあるだけの何も変わらないこの世に
この身体ぜんぶ賭けるよとか、身を預けて生きているように朝静かに観察してると思う。
※
この春は大森靖子さんの死神ばっかり、ずっとずっとずーっと黙って聴いている。
誰も彼もともしたら天使なのに死神呼ばわりかもと思ったりしながら、聴いている。
テレビ新聞ない代わりにヤフーニュースをたまたまに見ては
捨てたもんのような世のなかだわとか、
事件てこうして起こるのかとかって思うし、自分もそう例外じゃないって
死神の、子どもや中年男子の映像を見て子どもの頃を思い出して、想ってしまう。
意味がない。
お前みたいな奴が子どもを
育てちゃいけないとか言われて
いつか歴史がぼくを正しいと証明したって意味がない
ボクをボロボロにしたすべてボクはどうしても殺したくて
誰もはみ出さないクソ平和のために
ボクだけがボクを殺してきたけど
死んだように生きてこそ生きられるこの星が弱ったときに
反旗を翻せ世界を殺めるボクは死神さ
と大森靖子さんは唄う。
貨物輸送が走る。クソ平和な朝が来る。
我らを笑かすために。
泣けるぜって『ピンポン』のアクマはトイレで1人泣くし
ピエロは泣き笑いのメイクをして転げ回ろうとする。
※
by 907011
| 2023-06-21 04:30
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