承認欲求。
4時半起床。
除雪車の音が遠くでしたので10数センチは降ったのだろう。
杉っ葉に着火して放火欲求を満たす。
火遊びは懲りない。
薪をくべながら読み物をしてコーヒーを淹れると汗が出てくる。
贅沢にも服を一枚脱ぐ。
かんじき道付けをしたり雪をかまったりして家に上がると
カッパを脱いだ勢いで脱ぎ続けてほぼ裸になる。
薪(ストーブ)の前では人も平等。猫とも平等な存在になる。
X(ツイッター)を見ては人のつぶやきがいちいち面白いなあと登録したのが一年半前だった。
そのうちに「自分の承認欲求とは果たして何なんだろう?」と
具体的に気になり始めた。
自分もまたつぶやいてみて、
承認されたい欲を手に取るようにして実感し、眺め考え続けている。
承認されるためには、
他人が見たくなるような珍しい空間や時間に自分は居合わせたのだと誰かに知られたい、
希少価値のある情報を私は見ている知っていると教えたい、
あるいはこの短いつぶやき特有のワードセンスで切りとった言葉を読ませたい、
時には話を盛ってでも伝えたいetc.
欲は尽きない。
それは常に
「読ませたい誰か」「いいねーと思わせたい誰か」が居てはじめて成り立っている。
読むには面白いのだけど
自分は文字数制限のないダラダラとした軽薄で直情的な言葉を書いていたいのだとも思った。
短く編集するセンスのない自分にとっては
書いては削って100何文字かでつぶやくということは
短歌をつくるようなものに思えるし、
その筋肉は自分にはあまりなさそうだなどとも思う。
一所懸命短歌をつくる人には失礼かもしれないけど
それはそれで面白い。
日常において人が人に発する言葉や表現は
鳥同士の鳴き声と同じだ。
そう思うとツイッターの象徴が鳥のマークだったのも興味深い。
つまり俺は凝った凝縮ができずにただ長鳴きをしたい鳥だ。
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by 907011
| 2025-02-18 06:08
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