主観的記憶。

埼玉のお客さんに保冷庫で預かっていた米を送る。前の寒波のころに電話をもらった。今回の寒波も迫っていたので晴れた週末に「今だ今しかない今だけを見つめろ前も後ろも見るな振り返るな」と鼻息荒くかんじきとスコップで保冷庫のあるカマボコ車庫に行く。自分一人分と米との道を掘る。自ずと海のモーゼ的必要最小限道ができる。
雪壁はその層を見るのが楽しい。地層やバームクーヘンのように内側から外へと雪の降り方、しばらく止んだとか雨が降っただとか、それまでの天候の記憶とセットにして観察するとそれらを推理して解釈を当てはめていくことができる。そこまでの冬の物語が自分の記憶とともに編まれ生まれる。雪層と記憶のミルフィーユ状のものはドキュメンタリーでありながら、同時に推測ばかりのフィクションにも思える。
主観的な記憶は利己的な感情でもある。降って凝縮された雪に私情を練り込んで編まれる話。
気候の循環の中でただしんしんと積もる雪は意図的な目論見がないがしかし、意図的な目論見を含む物語と違って永く楽しめる。本当の物語には感動がある。

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by 907011
| 2025-02-19 05:45
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