X記。
先日。
酒蔵パートタイムの仕事で酒粕ラベルを貼りながら
「米を蒸してそれが麹や掛け米となって、酒が造られた後の粕にも価値がある」ことに、
これは米農家も冥利に尽きるだろうなあと思った。
冬に出る野菜の皮などの日常的残渣を薪ストーブでカラカラに干すと良い着火剤となる。
食べ物を干すと栄養価も味も凝縮されるというのが目に見え腑に落ちる。
「乾燥するとエネルギーは凝縮されるんだな。
水分は構成物の分母を大きくして撹拌するのだな」
などとブツブツ言いながら観察をしている自分の身体のほとんどが
水分で成り立っていることを忘れているのがまた妙に滑稽でもある。
同じく6割くらい水分でできているセガレが風邪菌に乗っ取られて学校を休んでいた朝。
米ぬかやコーヒーの絞りかすを薪ストーブで乾燥させて
粉の着火剤として焚きつけに使う実験を行う。
炒った米ぬかでふりかけを自作している知人もいる。
口に入れるものなので例えばこうして乾かして凝縮させてから入浴剤にも使える。
それもまた乾かして着火して灰になる。
こうして何段か活用した後に田畑にまく。
薪を燃やして家を暖めながら、米ヌカや野菜果物の皮などを乾かしてコーヒーを淹れる。
俺はまったく上手にも丁寧にも暮らせていないけど、
こうした循環を手探りするような観察や実験がいちいち楽しい。
自分なりの仮説、物語を考えてそれを試す。
実験をするには小さな農山村はむしろ便利なのだと思う。
俺はケチなので生ゴミが減るだけでも嬉しい。
灰は3月、ここから先はもう春が来るのだなと思えた時に雪にもまく。
陽の光を吸って雪もよく溶ける。
そうして一冬の有機物たちは土にゆっくりと着地する。
長い時間の終わりと循環。
やがてストーブが終わると日常的残渣たちの行方はコンポストへと替わる。
田んぼ仕事あるいは雪掘りと考えごとは相性が良い。
うちの小さな集落は干渉されないのでこれも良い。
乾燥させるとエネルギーは凝縮されるけど、
俺は穀物をかじるよりは炊いて食う方を好むのだし、
身体の大半が水分で成り立っている我らは
随分と水分を含ませた状態の食を嗜好しているのだなと思った。
というように、Xのつぶやきをつなげるとブログにもなるのですが、
あの100数十文字のつぶやきは短歌をつくるようで俺には難しい。
書いては削る。いっそ短歌まで凝縮する筋力が付けばなどと考える。
ブログを書く方が自己慰安的には大切なように感じている。
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