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山中記

脳みその使われていない部位のことを時々思う。

長い。
長くなる。
私は文章を書き始めると、長くなる。長い。

高杉晋作は「おもしろきこともなき世をおもしろく」と詠ったが、
短くないものを短く。
歳を重ねるにつれて、短く書くということもまた大切な気がしている。
「短くないもの」をだ、その点”つぶやき”とは別の時間で考えたい。

ある時、
それを煎じ詰めると、俳句短歌せめてより自由な川柳になどと思った。
少しだけ挑もうとしたけど定型というのはほんとうに難しい。
難しいけど、俳句短歌界隈はよりポップにライトに
「俳句は筋トレと同じです。詠み続けることです」などと誘ってはくる。
難しいがときどき何か文章を思いついたときに、それが575風になるのかは挑みたい。

筆でサラサラと字を書きたいわけでもないし、人に見聞きさせたい、我が声で句をうなりたい
という欲はなくて、ただあの難しさの感覚に触れてみたことで、
これは脳みそのよく使われていない極小空間にはどうやら
「俳句脳」という部位が別に存在しそうだぞと気付いたのでした。
こういうのは、
よく眠ってるやつがいたら起こしたいというあまのじゃく精神から来ていると思います。

などといったものを書きたいがための
「25時間目の時間」がなかなかつくれない。

洗濯機
繰り返す
生ビール
眠るネコ
小学生
缶コーヒー
そうか、まず基本?となる5文字について
人の話のなかにも5文字7文字はあふれているはずなので、
「あ、5文字。」などと
感じるようにしようかな(7・5)。

ほぼ何も考えていなかったのに
書いてみたら俳句脳という部位について考えたことを思い出していた。
こういう自分でも未知なるところにつながる文章は書いていて気持ち良いがしかし
長くなる長くなるのだ。5・7調。




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by 907011 | 2025-05-01 05:15 | Trackback | Comments(0)
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