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山中記

実験はつづく。

久々に早く起きたものの外はなかなかの雨降り。
一昨年の干ばつと去年の長雨からの稲倒伏との
芳しくないところをハイブリッドで合わせたような今秋稲刈り期。

お手軽にインスタントのコーヒーを飲もうと台所を探すと
流しの棚にカフェインハーフ、冷蔵庫にはカフェインレスなるものを見つける。
便利な世の中にあって、選択肢というものはますます何でも増えていくようだ。
スナック菓子の味付けなども逸脱し過ぎるとそれはもうスナック菓子かどうかが麻痺していく。
愛着も度を越せばやがて執着心となり、なおも深入りし過ぎればもとの〇〇愛も見失う。

もはやどれくらい不調期をこじらせているのかわからないくらいに長いトンネルの
おそらく終盤だと思いたいが、やはりどの辺かよくわかってないところで一人相撲を取っている。
舞ってるはずもつもりもないが天手古舞いというやつだ。
今回のは長い。
一年間近く絶不調期のような気もする。
毎年3月、春先になると気持ちが跳ね上がって
活動期に入るはずなのが私的リズムだったが、今年は変異した。

春にさほど上がりきらずに低さを維持するというのは
精神医療学的には望ましい状態なのだという。
要は目に見えるような波をできるだけ立てないということだ。
気分の波は新たなエネルギーを生むが、
上がれば落ちる落ちれば上がるというように
目まぐるしく上下を繰り返す動因でもある。
といった話は気力が湧いてから記せばいいことなので、しばらくどうでもいい。
長く休めるだけ休み続けてきたのでそろそろ尻に業火が燃えさかる。
三年寝太郎と浦島太郎とかちかち山の3つの末路が鼎談しながら
それぞれに焦ったり、また開き直って頭をポリポリとかいているような気分だ。

先日、「ラブブの偽造品急増 鑑定士が警鐘」
というネットニュースのタイトルを見て、
いよいよ薬のコダマがあらためて脚光を浴びるかとわりとまじめに思ったけど別物のようだった。

・・・文章を書くというのは自己慰安のための行為だという。
農繁期へ身投げして今一度身体のきしみと知のきしみとを交錯させたい。



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by 907011 | 2025-09-08 06:11 | Trackback | Comments(0)
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