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山中記

2018年 03月 01日 ( 1 )

bandage.


研修があったので久しぶりに柏崎市内に出る。
クリーニングに出していたスーツを受け取る。
(酒を飲みながらダッハッハと談笑をしていたら茶碗蒸しを一掬いこぼしていた。)

軽トラだったもので、
助手席にサラリーマン風にきれいになったスーツを吊り下げてみたら、
何の商売をしているんだか怪しい車内感たっぷりになり、
駐車場から出ようとしたら、車内のカオス感以上に、
車外的に左側がまったく見えず、支障を来したのでサラリーマン風吊り下げを断念。
軽トラの死角の多さを痛感した。

 *

漆島の哲人・ナガエさんのホームページに、
「読書は冬です。」と書かれてあったのに背中を押され(た気がして)、
この冬は空き時間に本を割合読めている。
直近に読んだ辺見庸さんの『もの食う人びと』もとても興味深くはまっていくものだった。
プリンターのインクなど道中用を足していたつもりが、
勢い余ってもう3冊ばかし本を買ってしまった。




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NOSAIの予察調査研修というのに出席。
先輩農家の勧めもあり、去年から勉強と実益を兼ねて調査バイトを始めたこともあり、
一年生なので後学の為にと思い、
そのまま長岡まで遊びに行けそうな位置にある曾地までゆく。

研修の案内を見て、「一回出ればそれでいいかな」と思っていたら、
高柳のベテラン調査員、塩沢のミツノブさんと、
はるばる石黒の落合からイトシさんがすでに居り、恐れ入った。

恐れ入ったが、やや寝不足気味だったせいか、
開始の挨拶後に30分ほど意識を失ってしまい、
覚醒してから、目の前で行われている講演(稲の紋枯病などの話)を聞きながら、
レジュメを読み進めて、ある程度話の先が見えたところで、
寝過ごした分の資料に遡って目を通した。
何かをしなきゃいけないときに寝過ごすと、
倍の労力を消耗してしまうのだな、とトイレのみつをカレンダー風に自戒した。

 *

スーツも吊り下げられないが、自分の軽トラはラジオもなぜか入らない。
貧乏性なので、イヤホンを挿して吉本隆明さんの「芸術と疎外」を聞きながら帰る。
1964年の声が若い。
若いけど難解でなかなかここでも講演に付いていけず、
高校や大学の授業に付いていけない瞬間の孤独と焦りの感情をときどき思い出す。


<芸術をつくる者と、創造された芸術のあいだには、
 眼に見えない〈橋〉があります。
 それを僕の言葉では〈自己表出〉といいます。
 〈自己表出〉の構造は、眼に見えるものではありません。
 その眼に見えない構造が、芸術が現在の社会に対して
 何を与えるか、何を与えないかという問題の
 非常に重要な契機になっていきます。>
(吉本隆明の183講演「芸術と疎外」から)


雪に埋もれた山中の暮らしから下りて(市内の田に白鳥をいっぱい見た)、
久しぶりに稲作の話を聞いたあとだったので、
「芸術」を勝手に「作物」と置き換えて、
自分なりの自己表出は、社会とどういう接点を持ち得るのか。
自己疎外感に対して、農業による自己表出感を得ているのか。
同時に最低限必要となる経済性は、どう創っていくべきか、
などなど考えて、またも焦燥感に駆られた。

昨日、4月からの新しい手帳が届いた。



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by 907011 | 2018-03-01 06:32 | Trackback | Comments(0)