山中記

2018年 03月 04日 ( 1 )

形而下も、形而上も。

雪が降り止んで、
頭脳労働に偏りがちな日を過ごす。

自分が客観的に感じてしまうくらいだから致命的なのですが、
俺の事務作業というのは波が激しく、ペースもまったくもって安定しない。

「事務」という言葉は書類、パソコン、文字数字記号のみという印象を受けがちだけど、
実際にはヒトや貨幣交換の関わりなどを可視化する作業であるので、
係るニンゲン、当事者としてのニンゲン、媒介するニンゲン、
いろんなニンゲンが登場する。

たとえば何かを企画しましょうということになれば、
過去からつながるルーティンの部分があっても、
多くの場合、情勢は一年間であってもたいがい変わっているもので、
「それにプラスして何か」という要因が加わることになるから、
係るニンゲンの過去、現在と今後の想いなどを、
連絡・調整することに時間を割かれることも存外多い。

「下手の横好き」という言葉があるが、
俺は下手なものはだいたい好きではないらしい。
縦よりも横が好きだ!という癖(へき)も今のところ特にない。

この調整に右往左往する時間がどうにも下手で苦手なために、
ごそごととその場を離れては、
雪を割ったり、薪を割ったりして
文字にするとなんとなく暴力的に逃避していたりもする。

昨夜読み終えた伊坂光太郎さんの『ラッシュライフ』
という小説の黒澤という泥棒のセリフにあった、
「完璧主義と小心者の合併症だな」
という表現は的を射ているなあと頷いた。





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(※写真はイメージです。片足出てますが。)


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昔から、授業中およびサラリーマン事務仕事編の最中にふっと、
「国語的数学があるはずだ」とたびたび妄想していた。

ある数字ともう一つの数字とをつなぐお話しがあるはずなのだから、
したがって数学はもっと国語的に授業できるはずだ、とか、
この延々パソコン事務作業も、俯瞰して見ると、
おおげさではなくニンゲンや社会や経済が接点を持ちながら、
どちらかといえば、美談の少ない物語がしっかりあるのだよなあとか、
そんなことを居酒屋カウンターで瓶ビールを見つめながら想ったりしていた。

今もときどきに思い出しては考える。
単なる形而下的なものでもなくて、
形而上的な”ナニガシカのそれ”につながる材料でもあるのだな、などと。













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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-03-04 07:24 | Trackback | Comments(0)