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山中記

2019年 02月 26日 ( 1 )

微睡み。

「人間の最大の武器は、『習慣と信頼』だ。」と、
伊坂幸太郎原作の映画『ゴールデンスランバー』の序盤で、
黒板純、じゃない、吉岡秀隆が問いと考えを言うセリフがある。
その後、「イメージだ」、もっと考えろという表現が何度か登場する。

なんというか、終始ロックなお話しで、
題名にもある通り、ビートルズに惹かれ、
惹かれることによってつながっていた日本人の若者のイメージを描く場面もある。

自分はなぜ中年になってから
(帰省のたびに年々強まるからじわじわと感じましたが)、
故郷の訛る言葉に、妙な落ち着きを取り戻すのか。
会話(というか感情)を促されるのか。
標準語半分と化した脳細胞が何を感受しているのか。

セガレが今雪食ったり、
雪におしっこをしたり、
杉っ葉を拾ったり、
薪棚から温まって出てくる虫たちを見つけては「こんちゅうホテル」をつくって観察したり、
ネコという名の拾われ猫と寝たり、
鶏と遊んだ記憶など。
山中という風土に包まれ暮らしながら五感で宿した記憶も
あと35年くらいしたら(俺察するに父はもう死んでますからね)、
何らかのイメージとしては、かならずよみがえるのだと想う。

 *

歌の歌詞の言語を母国語として、もし生まれて、
ビートルズや、なんだろう、オペラとかを聞いたら、
何を感じられるんだろうなあ、どういう風に耳から脳に伝えられるんだろうな、
と昨日『Golden Slumbers』を聞いて、
子守歌(”黄金のまどろみ”)のなかで想った。

 *

「信頼」をイメージとして掻き立てられると、
どうしても、ネガティブな過去の人間関係ばかりが思い出される。

映画でベンガル演じる粋な花火師が、
”思い出ってのはな、いきなりふとしたきっかけで思い出して、
たぶんそれでよお、同じころにその相手も同じように思い出して居るもんなんだよ。”
と話していた(うろ覚え)。





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<人が自分を覚えていてくれるかどうなど、
 どうでもいいことだ。
 そう思えるようになったのは、
 べてるの家の人たちと出会ったおかげかもしれない。
 
 私が相手にとってどういう存在か、
 それは配慮として気にすべきことであって、
 それ以上でもそれ以下でもない。
 
 私も出会った多くの人の顔を忘れるが、
 そこに他意はない。
 何度でも出会い直せばいいのだ。
 生きていればそれができる。
 (田口ランディ『寄る辺なき時代の希望』)>








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by 907011 | 2019-02-26 06:10 | Trackback | Comments(0)