人気ブログランキング |

山中記

2019年 02月 28日 ( 1 )

闇の文化。



最近、一杯目がビールではなく、
手作りの「どぶ」をまず小ぶりな湯呑に一杯飲んで、味わう。
米と水と酵母で造り易い、これだけの発酵健康食品は貴重だ。
(定期的に読まれている方は
 うっすらおぼろげに察知するかもしれませんが、
 酒の話をまたしています。)


ドブロクを舌と歯と喉と胃と脳とで堪能しながら、想った。

「ヤミ」なんだけど、
地域に伝わるものについて。

後に法的につくった規制上、
「正しく」もないのかもしれない。

でも、
その以前から、
そここの集落、家の暮らしのなかでつくられてきたものなのだ。

 *

たとえば、ドブなら、
米(田の開墾)から、
こうじから、
種(モト)から、
山と沢とに内包された田んぼで春夏秋冬を経てつくられて、
そして継がれてきたもの。

「いわせてもらえば」。
(ボヘミアンラプソディー観て何か染みた人は、
 田口トモロヲ監督、脚本クドカン、みうらじゅんさんが原作漫画の映画『アイデン&ティティ』
 麻生久美子の表現するところを見た方が良いと思う。)

『六法全書』よりはるか古代っからの”先住民”的な特権っつうもんがあるよなあと、
胃と脳のあたりにぽっと灯をともしながら、想った。

情報がますます氾濫していくなかにあって、
出来事がシロとクロに二分されなければいけないと声高に言われたりする。

 *

でも、より大切なのは個として抱くことができるイメージだ。

「白の立場」と「黒の立場」の人がいるとする。
人だから、二人は言語を交わし、歩み寄る可能性を持っている。
それを、持続可能性を探す試行と呼び替えてもいい。

シロとクロ、二つを醸せばグレーになる。

正しいとか、正しくないとかじゃなく、
それぞれ、似たか寄ったか程度のほとんど五分五分で、
いったん立つ瀬を離れて家路につけば、ただのおっさん同士だったりする。

たとえば企業で面接される側と面接する側だってそうだ。
「この人だって、家に帰ればただの母ちゃんに怒られるようなオッサン」、
だったりするかもしれない。

 *

「それぞれのスタンダード(基準)は、
 それぞれに異なるということを想ってください」、と
北極から南極をソリや自転車で移動した若者たち「Pole To Pole 2000」後の
石川直樹さんがりゅーとぴあでやった講演のまとめに言っていた。

「もう少し、情報を疑え。」と、
(やはり帰国後の報告会のスライドショー@新潟大学)
”俺には写真でしか表現できないものがあるんだ”と語っていた、

立つ瀬は異なる。
だから、自分も無数の世界を、まったく何もかも知らない。

その地域に口伝されたものも、
動作の真似をして覚えられてきたものも、
その逆に、海郷の文化もまったく、
街場の基準というのも、知らない。

公務にあたる全員がパブリック・サーバント(公僕)であることに倣い、
僕としての視野を基準に組み込んでいたい。
何を酔狂な山中生活、をしながらボクは見て居こう。

モトがどんなに心細くても、
人殺し以外だいたいのことはできるようにならねば、
ケモノ以降の後進の移住者である自分などは山の中では暮らしていけない。


 *


<選手たちの間で本当にストレスが溜まってきた時には、
 フォワードの選手にバックスの練習をさせて、
 バックスにフォワードの練習をさせます。
 そうすると、お互いのつらいところがわかるから。
 動きながら他の人と触れることをしておかないと、
 組織はうまくいかないし、文化もつくれない気がします。>
(中竹竜二さんが『にわかラグビーファン、U20日本代表ヘッドコーチに会う。』より)











***********************



by 907011 | 2019-02-28 06:51 | Trackback | Comments(0)