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山中記

2019年 03月 01日 ( 1 )

地球儀ぐるぐる。

今日昼から車乗って研修あるのに、なぜか2時に目覚めてしまい、
雪もないし、強気にシフトして薪を酔っ払いの阿呆がする焚き火のように燃やす。
12月まであれほどケチケチしていたのがほんとにアホなくらい小雪。
田植えできるんだろうか、31年産米?

 *

キーボードを歩いたり座ったりして連弾するネコと格闘しながら、
認定農業者の書類をつくっていたら、
5時に阿波の国・徳島出身の大学仲間・エガミ君から
スダチかじりながら打ったと思われるGメールが来た。

お、早起きしてるじゃないすか高級官僚エガミ君、と思ったら、
「わしいまドバイにおんねん。こっちはおこんばんは、や。
 まーなっかなか刺激的な街やわ。めっちゃ人工的やけどな。
 明日の深夜便で帰国せなあかんのよ。
 6月か7月に湯沢でも福島でも行ったるけん、一派で集まろやないかボケ。
 わしゃこれから接待でお面つける会員制のパーティいかなあかんねん。でんねんまんねん。
 ほなけんね。」
みたいな内容だった(「接待でお面」以降は嘘です)。




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たまさか昨日。
20代後半~30代前半の青春漂流時代の自分が書いた文章に出会い、
遡って自分の山中移住前のあぐらって長岡時代などをチラ見したら、
「昔の自分の若い文章なのに、なぜだか今の言葉の方が物足りない。」という結論に至った。

退化か、
生活環境が大きく変わり、社会的には父となった自分。
山中集落最後の苦肉の奇策(偉大ならぬ悪手)で区長を仰せつかり、
山籠もりしながら書類ばっかりしてる自分。

対して向こうは、
独り身で毎日誰かしらと遊びまくって、毎日が二日酔いで、
でも、ちゃんと早朝のアパート屋上での日経新聞読書して、雑記をメモして、
日暮れまで畑で、シャイなくせにものすごい熱い親方にどつかれながら、
叩き込まれた畑作物と交わすいろんな会話や観察する時間のことなど、
このブログに記し続けていた自分。

とくに10年前か、
2009年あたりの文章は
ひっじょーに青くて稚拙で些末なことの羅列
(はいはい昨夜も居酒屋いきましたねと腹立つくらい)なのだけど、
だからか、自分には書けない脳内の吐露に満ち満ちていた。

自分はとにかくこの机上の書類たちや会議を減らして、
もっと外に出たり、書を読んで、
過去の痛みやネガティブな記憶を糧とし、
活字を我がのエネルギーに変える男にならねば、
10年前より全っ然低い構えとってるじゃないか自分よ、と想った。

 *

しかしながら、そのまた一方で、
なつかしい人や、なつかしい考え中だった種や、なつかしい会話や唄にも脳内再会した。

そして、
やや冷静に俯瞰してみて、
農業についてずーっと、「このままでいいはずがない。」と考え続けていた疑問や、
柏崎・夢の森公園でのたくさんの出会いや、
「自分農」がしたくて、いまこの山中に居るのだと再確認した。
さほどの覚悟でもないけど、すこしは鼻息荒くして、
己の疑問や、請うた許しや、破戒と破壊衝動について、
考えて、考えて、考えたことも振り返って思い出した。

俺はいま、山中に居り、あまり上手にできてないが、
専業農家として、あまりにも恵まれた自由な環境にいられて居る。
そしてエガミ君はドバイに居た。
あと、誕生日も学課も部活も交友関係もすべて一緒だった、
滋賀のワダ君はインドネシアかどっかの副場長だかなんだかに就くべく、
「ゆきます。」と数年前にメールで見た。
変なビョーキもらってないといいのだけど。

地球儀ぐるぐる、ドバイってどこだ?石油?イランあたり??
ドバイがわからず。

 *


<大嫌い>
で始まる『抱きしめたい』をまったく久々に聴いた。
こんな詞はまったく想像の範疇にすらない。
数年ぶりに圧倒された。
なにぶん「忘れる天才」
(最強の呑み相手「ビールを日本一旨っそうに飲む天才」に命名された)なもので。

もう一つ。
翔べイカロス』の歌詞の言葉はさらに鮮烈だ。
どんな環境下にあれば、このような言葉が書けるのか、
ぜんぜんイメージできません。追いつけない。

翔べない鳥もいるってこった。
ビールの苦手なドイツ人も居る。
ダンスの苦手なアフリカ人も居るでしょ、
って松本大洋(と映画脚本書いたクドカン)が『ピンポン』のセリフで言っていたな。








僕が声まで失って落ちぶれた時に
同じように君を抱けるかな・・・

いっそこの翼を切り落としてほしい
それでふたり永遠になれるなら
(『翔べイカロス』)



この歌を唄う高木いくのさんは妙高出身だった。
シングルCDの録音の際に体調(喉だったと思います)を崩されていて、
歌詞も担当しており、
レコーディング当日に、
歌い終えたのを聞いて当時の相棒のイサオさん(山中じゃない方)は、
たまげたというふうに言い表していた。
想定以上のパフォーマンスで歌いきっただけではなく、
当初の歌詞で内定していた「僕」を、
彼女は歌った瞬間に「僕らは行くしかない」と直して唄ったのでした、
唄う彼女の魂を強く見せつけられた、と。

 *

先日長岡に行った際に出会ってしまった、
あまり高くもないレコードプレーヤーが欲しくてたまらない。

2階の暗室の箱にある、
ジャズとかカラヤンとか奥田民生とかビートルズに針を落としたい。
物欲だな。
素晴らしいレコードがあっても、プレイヤーがない。
俺も「柏崎ポーターズ」のボランティア登録(冬期間の山中集落限定)しようかな。










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by 907011 | 2019-03-01 06:26 | Trackback | Comments(0)