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山中記

2019年 03月 03日 ( 2 )

再校正。

昨春に心身ともに時間切れ、みたいになって、
残念ながら1年ブランクが空いてしまいましたが、
今春は(先輩農家たちと協働で)稲の苗づくりを再開することができるようになりました。
(まだ、種もみきただけで、箱の用意も何もしてないけど)

今頃あわてて勘を取り戻し中。
というか忘備録つけといてほんとうに助かった。

ただ、すこし懸念なのは、
山中最後の、土(べと)合わせ~田んぼ苗代づくりの継承者・マサオ師匠が、
3月中旬(4月まで伸びると育苗的にややピンチ)までリハビリ入院(外科)中で、
初動の打合せができずにおること。
病院はインフルでお見舞いを極力控えるように規制されていて、
見舞がてらでは近づけないとの身内情報でヤキモキしている。

 *

昨日、すでに山中も除雪隊が、ほぼ一日で、雪の押場や投雪場の雪ほぐしを終えられた。
これ、いつもなら、一カ月近く後にやってた仕事。

「山中あたりの天水田は今年も大きな水不足、
 あるいは豪雨災害、
 それがなくてもそのうち災害級豪雪が予測されるかもしれない。」と、
先日雪まつりで現場担当部署の長・某氏が話していた
(グルグルハウス高柳で「飲み比べ」的なことをフライングしながら。
 ワタシは呑んでないと記憶しております。某Koータ・Yaシロ君は呑んでいた。
 あくまで独り言的イニシャルトークです)。

それはいいとして、
春夏秋とためた書類に向かい続けるストイックな冬の事務仕事に
やや疲弊感が漂ってきて、
精神労働がストライキ突入状態な気分に陥った。
外に出たり、雪を掘る薪を叩き割ることがやはりしたくて、事実楽しい。

誰か、難しい書類は(たぶん)そんなにないので、
口伝で、書類作成請負人と出会いたい、などと思ったが、
これも稼ぎの一つなので個人事業主(確定申告の締め切りを調べねば)として、
やらねば。

物差しを置いたら、あと6.5センチ(郵便が来なければ)。

昨日タモツさんが言うには田んぼの上で雪が80センチ。
見てるだけでとける雪との闘い。

郵便で届く書類(毎日見るのがおっかなびっくりになってきた)や
会議・研修はまあ必要なものだけにするとして、
あと、そのほか、区の会計して改選して春の総会・祭り準備もろもろが
「当たり屋」のようにナイスタックルをかましてくる。


我らはゆくしかない。

一回外を散策して、雪割ってこよう。
事務処理、順調かと思ったけど、ここに来てややモチベーションダウン報告。




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写真はイメージです。
(どう見ても、モチを見つめながら、どこかなぜかどうしたのかさびしく写る、
 当人のガラじゃないはずの、JAタダラ支店長)

あくまでイメージです。
タダラ支店長は海の男なので豪傑かつモズク獲りのプロ(でなかなかヤンチャ)です。











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by 907011 | 2019-03-03 06:32 | Trackback | Comments(0)

雷同性を持ちたくない症候。

以前にも書いたことがあり、
なおかつ、自分の友達は皆よく承知して付き合ってくれてますが、
自分がこれまで出会ったどの人よりも、俺は「マイペース」でワガママです。
マイマザー、
とフレディマーキュリーかジョンレノン(マザーって曲ありましたよね)に歌ってほしかったくらい。

 *

内向性のある人が好きなのは、
自分がとても内向的だから
(日常生活に支障出るくらい極度の人見知りで、
 久々にブランクをあけて会う男友達にさえ人見知ってしまう)。

良し悪しの一つとして、ネガティブな状態にはまった時などは、
自ずとすべての矢が、全部自分向きに刺さります。

だからなのか、内向的な人に昔から男女問わず惹かれてきました。
誤解を覚悟しつつ、少しだけ正確にあらわそうとすれば、
その人が宿している内向性や、
”人間味”のある人が醸し出す滋味や滋養をもらいながら、
自分は付き合っているのだとも思います。

体温を感じられているか自分は、
数値化してないか、人のことを「コスト」だと考えてしまってやしないか、
と自問している、
と言い換えることもできるかもしれません。
・・・なんか違うよなあ。美化しようと表現している違和感が残りますが。

 *

中学生のあたりなどはまっこと著しくて、
たとえば、目力があって、社交的で、器用で、人気者で、
学級委員長とか生徒会長にぱーっと出て行く人みたいな同級生などは、
それはそれで敬意を払いつつも、距離を置いて過ごしてました。
思春期みたいな嫉妬心もなかったとはいえないでしょう。

(追記:そういえばなぜか中学も高校時代も奇遇に俺の後ろの席に居た人が、
 生徒会長になっている妙。
 というか、少なからず人生で2年しかないうちの2年を、
 生徒会長の一つ前の席にちょこんと座って考え事をしていた我が宿命よ。不思議。
 なにせ後ろの席のやつ周辺がノイズが多くてストレッサーだったので、
 町を飛び出し、秋田を飛び出したのだ、と人のせいにしてみる。)


 *


でも、高校1年生の夏に下宿に入り、秋に山岳部に入って、
毎晩のように紫煙に(俺は)むせながら、アルコヲルを呑んだり(時効)、
大学に入って痛飲&鯨酔したりしているうちに
(定期的にのぞかれてしまった方にはまたかと思われてしまうかと思いますが、
 また酒の話を書いてしまいました。自粛します。)
「進学校の一つ」とうたわれてたくせにたまげるほどやんちゃだった秋田の先輩、同輩、後輩、
あったまいいなーと感心した先・同・後輩、
無口だけどなかなか深く物事を洞察されてるヤツとぼそぼそ話してみて、
ほんとに同じ瞬間を過ごしていてなぜそこまで考えられるのだアナタは、
などと酔い、
そんなことを繰り返して生きて来たなかで、我ながら気づかされたのは、
やっぱり、その人の持つ内向性や考え方や、
「何がその人にとっての”美しさ”であるか」
「男としてこの人は何を”恰好良さ”の基準に置いているか」
(みうらじゅんさんの『アイデン&ティティ』のあとがきに真心ブラザーズの人が書かれていた、
 「マイロック」や、【あなたの「マイロック」はどうですか?】という他問自答が、
 まさしくそうなのかもしれない)
などに
自分は興味があるのだなあ、と
後の30歳くらいの自分が、
長岡居酒屋カウンターでいろんな人と酌み交わしながら強く思ったことでした。

 *

非農家に育ったくせに農業を目指したかったのも、私的打算というか、
ものを書き記す、そのためにいろんな事象や人物、現場を、
できるだけ、
「二次的(誰かの話、本、検索)な情報」(これ自体すでに人の言葉の引用です)ではなく、
自分の目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、手で触れて、舌と五臓六腑で味わって、
その上で、自分で言葉を選ぶ力を身につけたい、
その為の本拠地というのか、「ベース」、土台を構えていたいと想って、選びました。

いまだまったく上手に農業できてませんが、
たとえば、
ざっくり思い出すと15年前くらいに
粟島の山の上から海を眺める畑を隣同士で耕した、
まだ村長に当選されるずっと前のタテオさんのメールには、
「小生が思うに農業を志す人に悪い人はいません。一緒に頑張ろう」
というエールがあったり、たくさんの熱い想いがあり、
常に圧倒されつつも、内向性や人間味の滋養をたくさん享受して
その何割も、こぼして漏らして落としながらも
自分の血に肉にさせてもらっていると感じています。

オーサカのネーサン師は、
「男には男の、女には女の、みんな事情ゆうもんがあるっちゅうことや。
 アンタもそのうち分かるようになるから、それまでよー覚えとき。」
と諭してくれた。

新潟でも粟島でも長岡でも下田でも上越でも、
そして現在高柳におってもいろんな刺激やエネルギーをいただいて、
いまを暮らして居ると思います。
僕は阿呆ですが、
自分の周りの友達の方は皆自慢できるくらいすごい人ばっかりなんです。
山中集落もそうです。
最も新参者で頼りない区長を、皆がサポートしているのが、
暮らして居れば自ずとすぐにわかるかと思います。

誰かお試しに暮らして、山中。
春夏秋冬、仕事は延々と続きます。
米と少しの野菜をつくって、
あとはその人なりの経済をあきらめずに考え続けていけば、
努力次第で身体もマイナーチェンジされて必須な筋肉がついていきます。
脳の筋肉も、周りが屈強な猛者(宇宙人か原人みたいな??)どもだから、
自ずと鍛えられていくと思います。

「to me.」
ぼくにとってはね。
とフレディは今日も歌っています。

昨夕たまさか山中から帰る車のヒサミさんが車を停めてくれて、
「クイーンの音楽がすごく良くて聞いてるわよ~」
(僕貧乏なのでイサオ家に買って聞かせてもらった)、
と話していたら、後ろから姑マサコさまの軽トラが後ろから来て、
押し出される格好で去っていったのでした。

 *

わたしの、アナタの、内向性をどうか大切に。
「助けを請うのではなく、己の力を見出せますように」。

山の時間空間は、反省する時間、己の許しを請う時間でもあります。
内向的でも、弱っても、命の残りの時間が迫ってきても、
許され、包まれる力を山は不思議と持っているように感じます。

 *

東京から山中に住み、山中年齢10歳(俺7歳)の、
哲学専攻だった山中のロッカー(物を格納しないほうの)・カワシマさんが、
某日、ビールを片手に
「だっはっは。『ヤマナカ教』とか怪しい新興宗教でも起こして、
 草を刈ればご利益があるとか布教でもしましょうか」と笑っていた。

確定申告も省かれるとかそうでないとか。
(まだできていない・・・)

やまなか、いいね。




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脱サラして一年目の松代時代
(ここですでに心身のあまりの弱さを痛感。
 受け入れ農家さんの長男として
 同い年でアンチ俺な当時27,8歳のヤローが居て、唯一頭にきて1年やって去った。
 あとは皆可愛がってもらったいい人ばかりだったのに、口惜しき鬼門。
 門出入るあたり、石黒に右折する分岐よりももっと手前で、俺はいまだに悔しくなる。

 脱サラ一年目から美談なんていう展開は待っておらず、
 現実の厳しさをあったり前に体験する。必然だったのだすべてが。
 ・・・なんて記せばチェック魔の彼はまた興奮されるのだろうなあ。)で、
東京などからいっぱいして来て、騒いで帰っていく人たちの掃除をしながら
想ったこと。

「ここからの眺めがぼかぁ、一番好きなんだよ!」と語る人間には二種類、居た。
一つはその土地に住み暮らして居る者。
机上のパソコンでも図面とかでもなくて、
でっかいお結びや自家製のドブやマムシを分けてくれて、
軽トラの陰で昼寝し合った人たち。
「俺はこの手があれば、どこでも生きていける」と呑んで手のひらを合わせてくれた職人。
もう一つは、そうじゃない人たち。

「綺麗な面だけを見るのでなく、
もう片方の目を開いて、汚い部分をちゃんと見なさい、
両目でその土地を視ろ」、
と『クニ』の提唱者・関原剛師は語る。











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by 907011 | 2019-03-03 05:06 | Trackback | Comments(0)