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山中記

2019年 03月 07日 ( 1 )

手づクリエイション。

平成最後の冬季レク。



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作:家人

メインな「プログラム」は、
めちゃくちゃテキトーに無理やり組を2つつくるために並び、
・・・そこから端数が合わずに2,3人があっちいったり
「違~う」と言われて混乱しながらこっちにまた戻ったりなどしてから始まる。

ここにきて最近ごくまれにトイレの帰りに、
「ささ。・・・オラ、どっちの組だったっけ?」と聞かれ、
「わかんねえけどたぶんこっちじゃなかった?」という、
誰も何の責任も持つ気ゼロのような、
しかも、振り返ってみると
質問に対して質問で答えるという素晴らしく等価な情報交換が行われる。

皆のコンセンサスをはかりながら、
「もっとゆっくり、ゆ~っくり。まだ13時半だぞ。あまり進めるな」とか、
「早い、ちょっとこれだと早すぎる」とか
「あら?いまのどっちが勝ち?何点?」とか
「ん??逆だった?もう一回やる?今の練習にする?」とかから
「あ!誰か点数書いてたの??」という山中的な「そもそも論」に展開を見せ、
徐々に「?」だけが増えていき、いよいよ
「まーいいか、別にどっちでも何でも」などと
言われる頃合いに、今までのはなんだったんだという毎冬の流れで
4つ目の「集団じゃんけん」でほぼ勝ち負けを決め終わり。

そこから倍くらいの時間をかけて、
入念な平成最後の冬季レクお茶(醸されたものも可)飲みに突入する。
ちょうど丸ーく輪になれるサイズの我ら、グッド・バランス。

お茶も山中茶がいいね。
とりあえず誰かん家にストックがあるだろうドクダミとか。

集落として模造紙拡げて
「さあどうぞ、話し合いましょう。お語り遊ばせ。さあさあ端っこのあなたから、さあ」
という直接のビジョニングは難しいけど、
お茶のみ話とかを、自分などが耳の穴をよくかっぽじって聞いていけば、
間接的に少しずつ、できていくような気がしている。
直接よりも間接法の方が強度がより高い場合もある。
(がしかし、そこにアルコールというバイアスがかかるので、ことはそう容易ではない。)

身近に暮らし合ったり、耕し合ったりしてさえいれば、それができる。
自己紹介が要らないから。
なので、自分は集落という小さな半径までしか、視野が届かない。

七夕に短冊を書いてもらったり、お茶を飲んだり、公民館の酒を盗み呑んだり。
じつは予算数百円の方が、創意工夫が出て、より身近な話が聞けるときも、
・・・まあ、2時間に1話くらいはあるのだ。

<familyという単語は「farmer」からできたらしい。
 一緒に耕し、一緒に食べる者たち。>
自然村跡。」より

行事も、田んぼ畑も、我らは「村」でやるのがちょうど良いあんばいのようだ。













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by 907011 | 2019-03-07 03:59 | Trackback | Comments(0)