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山中記

2019年 03月 11日 ( 1 )

思い出し沈思。

2011年を迎えた冬~年明けころには、すでに
長岡の農業体験施設(NPO契約社員)との更新をしないという、
年相応な?きれいな形で辞める段取りを済ませていた。

冬場は燻製や味噌づくりの加工体験指導を教えるんだか
(圧倒的主婦層トークにもみくちゃにされながら)教わってるんだか、
まあそんな一職員としてのルーティーンをしながら、
雪を掘ったり、
土にさわりたくて、温室のあれこれをのぞきにいったり、
たまに、流れで登り窯で雪堀をして、
その駄賃に、大人の焚火をしながら
エビスビールを飲んで窯元たちと静かに今後を語ったりなどしていた。

 *

ガラケーのサービスもあと5年だか10年だかで終わるらしいですが、
いまだにスマホでもなく、LINEのシステム自体もまったくわからない
(ドコモのお知らせとかでぽちっと押したら、
 勝手に接続されたというケース以外は、
 携帯電話でネットをすることがほぼない)。

たまに町域や市内の集まりなどに出た時に、
「イトー君、まだスマホじゃねえのか!?」などと言われる頻度が上がったように思う。
正直、どっちになってもいいけど、
俺の数多い致命点の一つとして、携帯電話をよく壊す(水没が多い)というのがある。
あと上記の通り、外仕事していて、
通話とメール以外にネットで調べものをするということがない。
手も濡れて、泥んこだし。

なので、高いスマホや各種プランが今では非常識レベルなくらいわからない。

 *

稀に、計画していないことが、起こる。
それは山中にいるだけでも、大小含めていろんなことが絶えない。
天候に左右される、ややギャンブルがかってきた天水田の農家にとって災害もその一つだ。
意外と海の漁と、水が命の米作りは共通項が多い。
生き物を活かす水の上流と河口とで、
海は山を慕う、山も海を慕う。

 *

たぶん、また想定外の災害が起こるのだと思う。
人為的にではなく、自然の何らかで集落の一つまるっと暮らせなくなる、
そういうイメージもたまには妄想しておいた方が良いとも思う。

連絡手段も。
通話不能になり、
メールやラインやフェイスブックも、サービスが停まることもある。

もとより、携帯電話も車もないという人が集落にはたくさん居る。
「公民館(一時避難所)に集まろう。」と防災避難訓練(兼・上納)のときに少し話している。

 上る人、下りてくる人、
 集落の真ん中らへんに位置する公民館に、
 まず、集まれる人が道すがら、可能な範囲で声を掛け合って集まってみて、
 そこで、”まだ集まれていない人”のことを即座に考えよう。
 動ける人がそこから動こう。

 そもそも「あの人が動ける」という頼り方をしても、
 その当人が集落を離れ中にことが起こるという可能性は多い。
 自分も、周りのみんなも、その一人だ。

絶対、という言葉はあまり使いたくない。
情報の共有や集約は大切だと思う。
でも、「この機能」という拠り所が強いのだという考えは
信じると同じくらいに疑いながら想像をしていたい。

「我らには湧き水としぶり水と米とガス窯と味噌と野菜と漬物シリーズと薪ならあるよね」、
などという楽観的な山の暮らしの話を皆がけっこうする。

その先の、
どこにどう避難しなければならないかは、
やはりそのときどきに、知恵を合わせて考え合うことだとも思う。

備えがあれば、安心だろう。
でも、それを上回ることが増えていると感じている。

想像できかねるバイアスとして、柏崎には原発がある。
二次的情報しかわからないし、自分はいまだに何をもらっても解読する能力がない。
わかろうという気がそもそも湧きあがらないからまだまだどうにも仕様がない。

 *

話はまた半径数キロ圏に戻って、
自分たちがその土地で暮らしながら、その土地をもっと知り深め探り合って、
「こう来たら、こう」という一人じゃんけんみたいなことを、
あえて模造紙広げるような場を設けて、考えるまでもなく
山(や海もか)で暮らせば自ずと毎日いろんなことに気付かされる。

雪でいざ家が埋まるくらいになると
(数年前は豪雪の折に数時間プチ停電が起きて私的には良い契機になった)、
「この家には何(電気などインフラや食べ物)がいま入っていて、
 何が出て行っている(排泄とか廃棄とか)のかな。」というのが、
可視化されるので、家がすっぽり雪に包まれるのも、難儀だけど悪くないと感じている。

たとえば薪は暖もとれて、ほのかな明るさも維持できる強さがあると実感した。
海では、戻らない船の人たちを探すのに、
浜辺で延々と豪儀に火を燃やし続ける、という話を聴いた。
その大きな「迎え火」を、遠くで見て頼りにする人がいるかもしれないだろ、
と信じている限り、一升瓶や鍋で暖をとりながら何日でもずっと流木を燃やす。

システムも、装備も大切だ。
でも根本的にもっと肝要なものがある気がしている。

二次的な情報、誰かの誰かの情報も緊急時には当然、
選択肢や可能性を増やしてくれる。
でも、それは誰かの誰かの情報にしか過ぎない。
別に、間違っていたからといって、誰かの誰かが悪いわけでもないだろうし、
そこで怒っても、困ったことは何もどうにも1mmも変わらないと思う。

人の為に動くには、自分の足元、ちょっとの経済、
それから思想の独立なしには、
他人のことなどとうてい慮られないと想う。




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土曜日に魚沼マタギのナカザワ師たちがふらりと来て、
「肉」をくれた。味付け冷凍で、好きな時に火を起こせば食えるジビエ。

熊の毛皮の尻当ての手触りに感動した。
(猟はほぼ雪の中なので一服の時に雪に座っても温かいのだという)
山小屋にこもって熊を探すマタギたちは、
(言葉にすると安易な表現になってしまいますが)
山の中での自分のことを自分でした上で、
それぞれに(山にもケモノにも)敬意をし合い、ことに向かう世界に生きている。
草刈りにちょっと出た程度だけど、
石黒の篤農家さんたちにも似たことを考えさせられた。
個の力が交わって駆動する。

避難しながらジビエを炙る、ついでに狼煙が上がる、
精を出す為に、米や柿や山ブドウなどの発酵健康食ドリンクを備蓄するetc.
そういう避難計画と実践も、
山の暮らしに内包されながら、もう少し練習を絶やさないようでありたい。
山中のような小さな集落にもそこここの一人一人が、
「非常」ではなく、春夏秋冬が一周するための保存食としての、
ものすごい情報と試行錯誤する実践力を抱えて、
しかもそれらを毎年アップデートを重ねながら暮らして居る。

便利さを当然の顔で享受しながら、一方で想う。
「もしこの安くて軽くて便利なものが立ち消えになったら、どうする?」
そもそも「これ」がなかったら、を考えるとき、
代替品をネットで検索するよりかは、
いっそのこと、「これ」がなかった昔の山の暮らしの方が
はるかに身近に想像図を脳内に描きやすい。

存在の強度として、
より高い情報の得方、暮らし方を学んで自分も試行錯誤していたい。

何かを誰かのせいにしないために。

辛苦を重ねた農家さんがからっと笑ってたように、
「まあな。お天道様のすることにはいつも叶わないものなあ。」と、
雪どけ以降もヘラヘラと暮らし合っていたい。

生きることは、さわぎだよ、
とボブ・ディランは歌っていた。

軽く考えたくはない、
かといって、ただ重く考えてばかりでは続かない。
「小>大」、そんなこともたまにはある、と俺はおもう。










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by 907011 | 2019-03-11 05:36 | Trackback | Comments(0)