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山中記

2019年 03月 18日 ( 1 )

マウント。







「頂点に立たなければ
 見えない風景というのがあるのだよ
 ミスター、つきもと。」
と松本大洋あるいは映画脚本家クドカンが
”スマイル”(「笑わねえからスマイル」と3人組の一人・アクマは説明。周りの部員に”卓球マシン”と揶揄される)に対して、
コーチに言わす場面がある。

ことに映画の竹中直人さんは熱量が高すぎるってくらいすごいエネルギーだった。
みんな好きだよねえ松本大洋さん、って伝わるものがあった。

「キミは、ぜったいに、負ける。」
とコーチ・コイズミは試合直前にスマイルに断言するんでした。
スマイルは他の卓球男たちと打ち合って、
マシンの力より、自分の想いを優先させて、
そして卓球部員としても思春期男としてもベストな在り方を見せる。

ただ、強くあるためには、
圧倒的な孤独と自分の中のヒーロー(ペコ☆)を信じ続ける心と、
それに、自律性を同時に持ち合わせねばならないのだなあ、
と厳しい選択を迫られる。

(マンガも当時新発田で飲んでた先輩宅からもらい、
 いまなお、もう一人の山中先住民のM・イトーが読んで
 さらにその熱血漢ぶりを高めたりしてる)を読んでみると、
自分はスマイルの葛藤や☆への想いに一番感情移入する。

と同時に、
「アクマに卓球のセンスがない、それだけのことだよ。
 別に大声でわめくような問題じゃない」とスマイルに飛ばされ、
自己破壊と破戒衝動に包まれるアクマにも深く深く共鳴する。

「飛べねえ鳥も居るってこった。」
でも、アクマも足を洗って俯瞰してはじめて見える風景がある、と
自己破壊に溺れかける☆を救って、
ダサくて熱い同い年説教を「一回しか言わねえぞ」とすべてを委ねるのでした。

 *

最近、というかこの3月、
雪が少ないせいもあってか、
いろんな話があって、ときに携帯電話が鳴り響く。
地球儀を凝視したり、やっと出たところの土を触ったり、
レコード聞いているetc.の方が楽しいなあ。
僕にとっては。

私脳&私農的に修行中で、
なおかつ集落の話を一つずつ進めないとならないので、
鳴る電話にも出られない重複時間帯がまれに発生して、
諸先輩などにたいへん迷惑をおかけしてます。
こういうことを味気ない、こんな雑記で書くのもナンなんですが、
昨日がたまさかそんな一日でした。日曜なのに。
最後は子とギターをひいて、寝落ちしてました。

 *

現代の有志は皆いそがしくて、
「マウント」をとりたがりがちです。
というコラムを読んで腑に落ちました。

昨日は山中の行事(冬季レクリエーション)の直前まで、
漆島集落で、具体を続ける哲人・ナガエ師夫婦宅に
2時間近く居座らせていただいて、
脳みそを整理させてリフレッシュさせてもらえました。

自分が上に立とうとしないこと。
人にはそれぞれ立場があるので、
たとえ
相手が弱い立つ瀬に追い込まれても、それを責めたてないこと。
想っても、言葉にしないこと。
そもそもそう想うことを疑ってみること。

もしも、責める必要性があるのなら、
ちゃんと相手(自分にも)の逃げ道をつくってから、
潔くケンカをすること。
そうしないと、キュウソネコカミに遭うこと。

自分で選んだ上で、その席に座ったのであれば、
どんな相手にも余計な文句は言わないこと。
など以上のことを、前提にして話しはじめてみること。

などを感じながら山中に戻ったつもりでしたが、
小さな集落であっても、
コップ片手に奮う心と震えそうな手で、
いざ16人を前にすると、
やはり私的な感情というのはつい前に出がちです。

田んぼ1枚ずつによって、
いろんな水準がある。
小さいということは、それを視られるということ。
視座を置く時間をもらえるということ。

そこに強い、弱いなどというだけの、
人間の主観的な物差しは意味を持ちえない。
あるのはただ、俯瞰だけかもしれない。

「理解」という自己愛や見返りを求めるのではなく、
自己破壊衝動をひけらかすのでもなく、
相手にはその人相応にすべてをゆだねて、託して、
自己は、自分なりに「違和感」を、
感じるままに、想うままに、
一つずつ手にとって眺めまわして視て、
遅くてもいいから、それを一度地にバウンドさせたりなどして、
前に放り上げるようにして具体化させていくこと。

そんなことを妄想する、
うちの残雪:ひざあたり、書類:4センチくらいな未明でした。

 *

後の粟島村長タテオさんが、
そのずっと数年前(当時の肩書は何だろう、漁師&農家か。)に酒を呑んでいたら、
駆けつけてくれて、
「いやー昨日?(さっき?)、2時に目が覚めて、
 ずーっと本を読んだんだけどね・・・あのさ」
と駆けつけ3杯話題提供をしてくれたのを思い出した。

粟島豪雨災害支援バンクにたとえば1万円寄付すると、8千円控除が生まれます。
お金よりも何よりも、
船に乗って来い、という話ですが。

明日は一族郎党ソロ活動3人組で、
俺は県庁などにいって帰ってきます。

 *

ピンポン』の最後。
月は、星に、笑わされたのでした。

「ぼくが勝ったらあなたのコーチは二度と受けません」
と言い放っておきながら。
”アクマ”を突き抜けて、
笑ったんよね、あのスマイル。

グッドバランスには、トライアングルが必要かもしれない。
二人じゃなくて、三人で打てば、
独りであっても大丈夫。







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奈良の吉野の山奥で親指立ててヒッチハイクした記憶を
酒呑みながら、手繰り寄せる。
オーサカのネーサンには
「きょうび、そんなヒッチハイクするやつ、おらんよー」と爆笑されましたが。

稀有なヒッチハイクで学んだこと。
つまりは、
不公平こそが公平なのだ。
そう言ってしまっても、それはそれでいいみたいなのだ。




団長
「乗る側にだって、努力が必要です。
 少なくとも、相手に対して失礼のないよう
 身なりはきれいにしていかなきゃいけない。
 もちろん言葉遣いとかあいさつはあたりまえです。

 小奇麗にさえしていれば、
 ヒッチハイクしやすいのかと問われれば、
 そうです。

 誰も汚い奴とか怪しい奴なんて車に乗せたくないよ。
 不公平じゃんか、あっちの人ばっかりずるいよ、
 と思われるかもしれませんが、
 何いってんだ、努力してんだよ。
 不公平が公平なんです。
 公平がいちばん公平じゃない」

そうか‥‥公平というのはつまり、
努力した分が評価されない、ということですね。

「そう。あとはですね、
 汚い奴以上に、
 知ったかぶりする奴は嫌われますよ。
 ものを知っていることだけでも、嫌われます。
 だって、赤ちゃんや子どもはかわいいでしょう?
 ものを知っている子どもは、かわいくないよ。
 とはいえ、ものを知らなければ
 子どもとしてかわいいかというとそうじゃない。
 『知ろうとしている子』が、かわいいんです。

 人が何かを教えてやろうと思ってくれたら
 それはもう、オッケーなんです。
 そういう人はヒッチハイクもできる」



「まーぜーてっ」という勇気の話もかなり面白い。

 *

「どや?いわしたんか?いわされたんか?」
と、パチンコ屋でいわしたったダメおっちゃんたちのことが、
『ナニワ金融道』には描かれており、海事法務という職業を初めて知った。

マンガや小説という、イメージを具現化された作品は、
自分なりの演者モデルで、自分が想う音声、リズム、光景で読まれるから、
「映画なんか絶対マンガに勝てないよ」と北野武監督が漫画家との対談で言っていた。

赤塚不二夫さんは著書のなかで、
「あのね、自分がいちばんバカだと思ってればいいの。」と
書かれていたなあ。
なつかしいなあ、鳥屋野潟の県立図書館。













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by 907011 | 2019-03-18 02:14 | Trackback | Comments(0)