山中記

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土日。

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お近くまで来られる方は是非。
本日前夜祭は「雪の高柳」なりの花火があり、
俺はスキー場入口でぽつねんと一人警備をしていると思います。
祭りは酒。
四足歩行になるまで阿呆になった人がいちばん偉いのだとお祭りごとになると感じます。











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by 907011 | 2018-02-24 05:07 | Trackback | Comments(0)

先用後利。

目の悪い家系だからか、目が悪い。
視力だけにとどまらず、視野、視点、視覚、
およそ「視る」能力が欠けている。

コンタクトレンズをしていると目が乾燥しやすい。
年に何度かは、
田んぼで突然片目のレンズが乾いて、はらりと落ちて無くなることもある。

必需品でもある安目薬だが、
そのわりに年に2,3回失くす。
自分の動線を記憶の限りうろうろしつくして探し回り、
どうしても見つからず、次の目薬の封をあけると、
一両日中に見つかる。
おもしろいように毎度決まって必ず出てくるから本当に不思議だ。
不思議ではあるけど、おもしろいわけでもない。

前回は、なぜか雪掘りでしか着ていないカッパの胸ポケットから
どこを探しても出てこない目薬が出てきた。
いよいよ自分のことが自分でわからなくなる。

  *

週末の「雪まつり」と確定申告等が終わったら、
映画でも見に行こう(1000円の日に)と思っていた矢先。

十日町シネマパラダイス、閉館。

目薬の失せもののように出てこないもんだろうか、映画館。

もっと視たかった。




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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-02-23 06:07 | Trackback | Comments(0)

ゆきみし。

「雪虫」に遭遇したい。
ただし、現在の自分の「見る力」では認識できないかもしれない。

でも、すごく気になっている、ユキミシ。


幼虫は夏の間は川底で眠り秋になると落ち葉などを食べて
急速に生長し雪がつもる頃に陸上にあがる。
 陸上にあがったセッケイカワゲラは、
ひたすら上流の自分が生まれたところに向かって歩く。
(あるデータによればその距離は20㎞にも達するという)。
 2月頃に交尾し雄は交尾後に死んで、
雌は3月ごろになると川の水面に産卵する。
 卵は流されて下流の親が成虫となったあたりで幼虫となり
休眠状態で秋になって目覚めて急速に生長して
冬に成虫となり雪上に現れるというのがこの虫のライフサイクル。>
(「石黒の昔の暮らし」から引用)



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高柳には、すでに多くの方がご存じの
「石黒の昔の暮らし」という素晴らしいホームページがある。
自分も移住して以降、週に1回以上のぞいたり、
そこから派生して、深淵なるアーカイブの世界に飛び込んだりしている。
本当に、圧巻だ。

動画もこまめによくあげられており、
お世話になっている篤農家の方々をユーチューブで眺めたりもする。
たとえばイセハルさんが太鼓を叩き、
周りをショーサクさんやオノジマさんが踊る様など。
あるいは年に1,2度しかお会いしなくなった市役所勤めの
シノブさんが司会進行をする姿、
高柳郵便局長のカズユキさんの「石黒愛」を垣間見たりする。

という、石黒の昔の暮らしから写真も一枚転載させていただいたのでした。


http://www.geocities.jp/kounit/index.html





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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-02-22 05:37 | Trackback | Comments(0)

寄り合い。

昨日。
朝から雪を片付けて、朝飯後に子を送りがてら
駐車場に歩き、軽トラに車周りの雪をいったん掘り上げて満載して移動して捨てる。
防雪シートを張っていない軽トラの荷台だってメリットはあるものだ。

重機車庫のシャッターも掘り上げて、
除雪の精算のために作業日報を持ち帰る。
ようやっと、6時でも朝がだいぶ明るくなってきた。

10時から公民館で集まり。
市の元気館の職員さんと歯科保健師さんをお招きして、
「健口づくり」というテーマで歯と口のお話を1時間。

山中は集まりが良い。
現在雪のために16戸で構成されているなか、
雪も少々止んで、13戸から16,7人の参加。

じょんのび村は火曜休館だけど、
翌日の仕込み用にひゃっこい水で豆洗いをしてきたという、
もう一つの伊藤家のマサノリさんも滑り込みで間に合い、
参加者平均年齢をぐっと下げた。

キシリトールの「咀嚼テストガム」という1粒108円するのだという、
高価なガムでよく噛んでいるかチェックをしたり、
さてそろそろ有意義な1時間が過ぎようかという11時に、
抜け目なく速やかに「とくぜん」さんから弁当が届き、
さっそく健口づくりの実践編ということで、
皆で昼食会(山中老人クラブ主催)が始まり、酒の栓も開く。

老人クラブでは来られなかった家の人にも、
漏れなく弁当が届けられて、
俺は乾杯前に急こう配の上に位置する”りぜもち”のオテさんのところに上がって、
途中電話をしたら出てくれたので、暖かいままに弁当を手渡しできた。
りざえもん家持、略してりぜもち。

無事戻った後、石塚酒造のかめぐち酒雪中貯蔵を5合くらい、
必然として注がれては飲み、その後なぜか集まってきたビールを飲み、
昭和往年のスターカルタをして(隣では花札が盛り上がっていた)、
2時間ほど過ごして失敬して、夕方までぶっ倒れてよく寝た。

12月に早々と、毎冬に1度くらいやる酒の粗相をしでかし、
1月はそのせいかなんなのか、突如衝動的発作的にノンアル週間が続き、
最近ふたたび晩酌してみたら、
如実にアルコール分解能力が弱くなっているのにたまげた。
やはり日々、お酒の神バッカスのもとで鍛錬を怠ってはいけないのだと強く感じた。

ずっとエッセイというかノンフィクション的文章ばかりを読んで、
気になっていた田口ランディさんのデビュー作となった小説を読み終えた。
引きこもりだった兄の死や精神構造や思考が
ランディさんの作家としてのモチーフだと想像されるので、
大筋において私小説と感じた。
なおも主人公が変わりながら3部作になっているらしいので
矢継ぎ早にもう2冊が気になる。

<たぶん知識というのは自分を越えていくための道具なんだ。>
(田口ランディ『コンセント』)




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2月上旬、田んぼの書類を取りに上がり、
印鑑もらうのに朱肉がなくて、
結局うちと二往復した、りぜもちの玄関前数歩の険しい”がんくら(崖)”。
道が悪かったので二往復目はかんじきで上がった。
オテさんも春をずっと待ちわびている。


<風が吹き、雲が生まれ、雨が降るのは、それがこの世の祈りだからだ。>
(『コンセント』)








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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-02-21 05:10 | Trackback | Comments(0)

赤面症。

アナタが思っているほどに、他者はアナタのことを思案したり、
アナタの一挙手一投足を凝視したりしているわけではない。
というようなコメントを、
”○○さんのお悩み相談Q&A”みたいなコーナーでしばしば目にしがちだ。

自分も田舎から新潟に出てきて、一人暮らししたてだったかの頃、
休日に無人の第四銀行大学前店のATMでお金をおろしていた時に、
斜め後ろから終始ずっと凝視されているかのような視線を背中に強く感じた。
目の前にあったマジックミラー(?)で後ろを確認しても、たしかに誰もいない。
用事を済まし、意を決してばっと振り返ったら、
「第四・解決モビット」なる、カードの即金貸しの大きな立て看板だった。
大学生の等身大サイズだったのであれは存在感がでかかった。
アパートへの帰り道、「解決モビット君、ってか。」と4,5回つぶやいた。

  *

今一方で、
「あ、ふといま、ワシ思い付いちゃった」的な素朴な疑問ほど、
難しく、時に深い問いはないのかしれないと、
中島らもさんの『僕にはわからない』を読んでいちいち頷いた。

  *

朝の静かな時間に書こうと思った、
仕事というか末永く相談をさせてもらいたい人というか、
いずれにせよ、一つのメールの返信をどうしても書けずにいて、
かれこれもう2カ月も書き出しから書きあぐねている。
当のお相手ももはや忘れているかもしれないし、
ささっと書くことができれば良いのだけど、
言葉を並べることにどうもためらってしまっている。

頭の片隅にあって、パソコンの前で固まる。
そんな朝の時間に、またも
「すごく見られている」気がした。誰かに。






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意を決して、傍らをばっとよく見たら、
見ているようで、しかし、寝ていた。
こうも近くで、堂々と(?)うつらうつらされると、
「もう少し落ち着いたところで休んだらどうでしょう。」と妙な心持ちになる。













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by 907011 | 2018-02-20 05:27 | Trackback | Comments(0)

あわあわ。

さすがに雪疲れが残る日も出てきた。
まだ降るねえ、やまないねえ、という挨拶が交わされるようになってきたこの頃。
今朝は起きあぐねて、
5時頃に素早く着火し始め、カメキチ爺さんの3年連続日記を読む。
山中の人は本当に働き者ばかりと感心する。

共同車庫雪掘りも、
自分が到着した頃にはすでに皆が「山中時間」で始まっており、
指定時刻に「すみません、遅くなりました。」とペコペコしながら
あわててはしごを上る。

車庫を降りると、吹雪いていたのがやんで一時陽が射し、
戻りついでに青空共同駐車場の車を、彫り物のように掘り出す。
彫物師というのは、木のなかにあたかも
はじめから仏像なら仏像が入っていたかのように掘り出すのだという話しを思い出すが、
降って止まぬ雪とはまた違うジャンルだと知る。
帰ってまた吹雪いたが濡れたついでに家周りを一周したら昼になった。



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「素早く着火」と書いたものの、
自分では(早く温めねばと)半ば焦りながら薪を燃やそうと迅速にやっているつもりでも、
はたから見れば、違いはまったくわからないものだろうなと我がごとながら思った。
ようは気分的に焦っているだけのことで、
焦っているわりには、豆たちを取り終えたガラなどで火を大きくして、
「豆に捨てるとこなし。」と悦に浸って自己陶酔していたりする。

そういえば、大学の卒論も、実験道具の一つに豆を使ったので、
後輩に「豆のイトーさん」と呼ばれた。
俺は豆を好きなので、たぶん豆の方でも俺を少しは好きだと想う。

昨晩は酢豆にした黒豆で一杯やって、
風呂にも入らずに寝た。
豆柄がよく燃えてくれること、
クルミの殻が油分のせいか、ぼわっと燃えて良い着火剤になってくれること、
このわずか数年、冬になってはじめて知ることも多い。
大学の時は想像だにしなかった時間を、(だいぶ年老いつつ)過ごしている。



<その季節の自然の恵みを無駄にせず、工夫しておいしく変化させ、
 違う季節にいただくという醍醐味があります。
 時間を経た味わいは、そのものだけを食べるということだけではなく、
 それを作ったときを思い出して、
 なにか綴られているものをいただく感じがします。>
(木戸愛さんが『イタリアンマンマの直伝レシピ』の中で)












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ほっとフォトコンテスト





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by 907011 | 2018-02-19 06:17 | Trackback | Comments(0)

山中豆。

長岡の借家に居た頃なので、
2010年くらいに、
「無農薬無施肥で細々つくってます」という、
東京のさる人から譲ってもらった黒豆。

その後、「長岡成願寺黒豆」となり、
山中移住と一緒に「山中黒豆」となった。
手元の雑記によれば、前の屋敷にいた2014年を経て、
2016年もまじめに種を継いで、
でも結局去年、豆はほとんど手をつけられずに終わり、
とうとう1年ブランクをつくってしまった。

そんな黒豆をちびちびっとケチケチっと水に戻して、
塩ゆでしてつまんだら、やたらうまかった。
十分に「冬も食べたい枝豆」の代用品になると確信。
俺よりもむしろガクの豆つまみが止まらなくなり、
もったいないから半分は今日以降の晩酌用に「酢豆」にした。
(ちなみにその名のとおり「酢豆」という酢豆用のちょっと長細い専用豆もある。
 タヌキも酢豆は荒らさないそうだ。)



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山中という山の中で暮らしながらも、
保存食というジャンルにおいてまったくうとく、脆い暮らしのなかにあって、
乾燥豆はなんとしてもつくり続けたいと思った。
豆が好きだから、冬も食べたいから、主に自分が。

 *

「歩ける道」を朝飯前に更新して、
今日は二度目のキョードー車庫の雪掘りへ。
寒いけど熱い。熱いようで動きを止めると途端に寒い。
風だけ朝だけしばし止んでくれれば良いが、
こればっかりは上がって見なければわからない。









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by 907011 | 2018-02-18 06:11 | Trackback | Comments(0)

あぐねる。

(あくまで)表向きに過ぎないのですが、
小心者なので八方美人的な選択の仕方をとりやすく、
それ故(表向きに過ぎないから)に、
家に帰ってから独り悶絶したり自己嫌悪に陥りがち、
というようなことをもう何十年と繰り返してきた。

この「ビジネス八方美人」みたいな(あくまで表面上の)性格と、
声が小さく、本来無口であるという多くの他者の第一印象
(本人は意外にぶつぶつ独り言をつぶやいたりしている)とは、
まったく対照的であるような気が、今さらながら我ながらしている。

外に表出される言葉は木で言うところの枝葉であって、
沈黙の時間というのがその幹である、
と吉本隆明さんの話のなかにあった。
沈黙は思想とも言い換えられる。

 *

「人見知り」という状態を表す言葉を眺めると、
いつも「人見」までは腑に落ちるが、
どうして「知り」なのだろう、と気になる。

「人見知り 人見知る人に 人見知る」という
長岡時代に出会った人見知り仲間の子が残した名言がある。

人見知りが激しいので、
自分の決して多くはない対人関係の経験のなかで、
無口でいると、自分をよく知らない人には、
「お、この人、いま何かを思案しているのだな。」と見られがちで、
たしかに半分は何か考えたり、言葉を選ばねばなとか、
もっと極端な出会ったばかりの人と二人きりという場合は、
何でもいいから会話の糸口になる言葉を発しなくてはなどと慌てる。
(そういうケースではたいがい相手も人見知りか無口という場合が多い)

ただ、自分をよく知っている人は知っている通りで、
もう半分の時間は、
「何かを考えたり、言葉を選びあぐねている」かのように見えて、
じつはなーんにも考えていないか、
全然その場を無視して違うことを考えていることも多い。

 *

おととい午後に、
柏崎日報の巨人・イワシタ記者
(俺は人の顔を記憶する部位が欠けているらしく、
 致命的に人の顔というのを覚えられないのですが、
 イワシタさんは一度会うと、圧倒的にサイズが大きいので覚えやすい)
から「頼みがあります。」「そういうことでまあ一つよろしく。」
という詳細が謎な電話が来て、
昨朝に若手記者・ネダチさん(1年目らしい)が
雪にまつわる取材を進めているとのことでやってきた。
ネダチさん自身、東京からUターンして長岡で働き、
最近思うところあって地元で転職したのだということで、
謙虚な方で、なおかつ見事な晴天で心地よく、
妙に饒舌にいろんな話をした。
おそらくこれが雪空か暗い曇天の下だったら、
つらい苦しい難儀い嫌だ嫌だという話に終始して、
記者泣かせで帰したと思う。

自分というものがもっとも我ながらわかりにくい対象だ。
とりあえず天気が良いと、機嫌も良くなりがちな生態らしい。



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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-02-17 07:06 | Trackback | Comments(0)

「歩ける道」近景。

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13日の火曜日。
塗れた合羽を拭きながら、
17時頃家にあがろうとしたら停電していた。
妻子はちょうど雪のためにまたも実家に避難していたので、
さてどうして暮らそうか、
まあ飯食って寝られればそれで良しと思い、
薪ストーブに火をつけて暖とかすかな明るさを確保する。

シャツを着替えてなどしていたら、集落の人から電話が来て、
電力会社に問い合わせなどして、連絡待ちとなる。
通電してないと、各戸の固定電話が(かけると呼び出し音だけはする)使えないわけなので、
あの家は大丈夫だろうかと一通り上の家から考えてみる。
電気がなくてもおそらくどこの家でも石油ストーブがあるだろう、
などと考えていたらよその区長から電話が来て、
岡田~塩沢~山中は電気が柏崎からきており停電中なのだという。
他の集落は十日町の松代の方から電線がつながっているから
停電していないと聞く。
携帯電話は便利だけど、いざこういう時になると、
こっちが使用を節約しても、かかってくる電話もあるので、
やはり電池の減り方は心配になるものだと気付く。

前回帰省した時に持ち帰ってきた、
高校山岳部時代のヘッドランプを点けてみて、やかんを出し、
このうちにはロウソクがないので買わねばな、とか、
これだけ雪に包まれて停電してみると、
キャンプみたいなもんだなと非日常感でややテンションが上がる。
幸い長引かずに一時間くらいしたらぱちっと電気がついた。

ただ、その後パソコンが昨日まで接続されなくなり、
その晩は「北の国から」DVDを1話から見て、酒を飲んでネコと寝た。

目覚めてもパソコンが治ってくれているということもなく、
テレビ無し新聞なしインターネット無しの三重無しで、
停電後およそ2日だけではあったけど、
情報過多、スマホSNS当たり前ニッポンにおいて、
素朴に暮らす稀有な時間がふいに向こうから訪れた。

習慣化(天気予報をちらちら見る、とか)されたことができないという
脳のストレスがあるのだなと微かに感じた以外は、
雪のなかでただ静かに暮らしているせいか、
特に大きな支障もなく、それはそれで暮らしは続き、
雪を掘りながら、ふと、こういう情報の遮断は
むしろ15年前くらいに、自分が「情報の取捨選択」に悩んで、
ともすると、あこがれすらしていたような時間だったのだなあと、思い出した。
なかなか稀有な時間にしばし考えさせられた。

やたらめったら雪は降り続ける。
玄関開けると上の写真のような状態で、
下の写真のなかに玄関前から続く「歩ける道」が更新されながら存続している。

 *

遮断されることで、この家には何が入ったり通ったりしていて、
何が出ていくか、何が不足しているのか、というあたりが、
雪で家がすっぽり包まれることによって、単純に可視化される。
冬は遮断されつつ、でも利己的な自分にとって純粋度は高いと思う。





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こーるどふぉとこんてすと



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by 907011 | 2018-02-16 06:38 | Trackback | Comments(0)

本気降り。

昨朝。
道踏みだけして茶漬をすすり、7時半に公民館にゆくと、
超万能用務員・カズミさんがすでに来てくれていた。

山中集落は現在18戸
(厳密にいえば、今冬は「ただいま越冬中」の独居高齢者が2人なので16戸)
で構成されている。
18戸は5つの隣組(となりぐみ)に分けられて、
それぞれの組に配り物をしてもらったり、
役員会(ほとんど開いてないですが)に出てもらったりする、
隣組長を務める家を毎春に各組で話し合って決める。
数年前までは持ち回り制だったけど、
最近はほとんどの組で名指しで留任据え置き制になりつつある。

たとえば、この隣組長にはそれぞれ3.0人(日)分の給与が支給される。
そんなこんなで四季を通じて、いろんな役割に励んでもらい、
集落をどうにか維持管理し継続してもらう。
この小さな集落であっても昨日40数万円がぽんっと支払われた。
(逆に徴収の家も当然あり、ただ、額にすると数万円の収入)

その昔は米価の変動によって日当の相場も連動したらしい。
さらにそのまた昔は米でもって報酬を払っていた、
と一杯のときに聞いたような気がする。
なので毎年この時期になると、
「集落内で米でもって支払いができるならどんなにありがたい循環だろう」
などと妄想する。
米本位制経済の米はもはや日本人の主食・おコメではなく、
米国と書いてアメリカと読む、米の方になってしまっているらしい。

  *

終わってさらに飯を軽く一膳食い、本降りとなった雪をやる。
どうにも降り積もり続けるので片は付かない。
前日にダンプにロウを塗ったのは、
何となくやった割には予期せぬファインプレイで、ダンプも快調だった。
ただ、残りの一日やって
結局はもとのレベルを保つかやや後退した程度。
それでも人力だけで一階が明るいので
うちはだいぶ健闘している方だと思う。
それにしてもいっぱい降った。

さあ合羽を着よう。外に出よう。








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by 907011 | 2018-02-13 05:44 | Trackback | Comments(0)