人気ブログランキング |

山中記

<   2018年 11月 ( 26 )   > この月の画像一覧

給油でボンネット開ける問題。

人の車の給油口をパカっと開けるために引っ張る部分がいちいちわからない。
家人の車(迷走する日産)を借りてガソリンスタンドにゆくと、
数回にいっぺん、ボンネットを開けてしまう。

ああいうときに素早く毅然と、かつ適切な表情(これは何とも言い表すのが難しい)で、
誰も傷つけずにボンネットをポンっとしめてくれる店員が、
たとえ年下であっても素敵で頼もしい先輩のように見え、惚れてまうやろーと思う。

ただ、そうじゃない店員も少なくないので、
100%すべての原因を生み出してしまうこちら側が気をつけて乗り越えないといけない事象でもある。

ああいうときは、つとめて堂々としかしあくまで開放的な性格を装い、
他のことをして顔をふせたりなどせず、
「あれまあ、ボンネットあけちゃいました」と明るく大きな声でいうと、
意外とすぐに忘れる。
逆にあわあわして、コミュニケーションを希薄にしてやり過ごすと、
その後の運転中や信号待ちの途中などに思い出し赤面をする始末となる。

車の数ほど給油口(最近はパカっとするのが減っているのか)とボンネット問題はあり、
油断したころにボンネットは公衆の面前で開いてしまう。

「おおむね上機嫌で居る」というのはけっこう大切だ。
とくに冬にふと会うたび、上機嫌でいられる人をワタシは尊敬する。

 *

民間と大きく異なる、行政というある種特殊な世界からも
恒久的な広報を目標に掲げている『なんも大学』 の表現の仕方は示唆に富んでいる。
…と、
「なんも大学を就業前に見て感動してます」というメールを見て無理やりねじ込みましたが、
「なんもだ~」の精神は持続可能性の種を孕んでいるようで、素敵だ。

寒いし口に雪が入るから文字数が少ないのだといわれる、秋田の方言は緩くて、強い。















自由部門に応募します。
******************************




by 907011 | 2018-11-29 06:41 | Trackback | Comments(0)

姓。

年末に劔神社の鳥居のしめ縄(細いの)を脚立でフラフラしながら取り換える、
というのをギリギリまで忘れがち。
境内であるしあまり早い時期にフライングで替えるのもよくなさそうなのでつい忘れそうになる。
そして12月25日頃、「今年もまた忘れてた~」とホームセンターに走る。
ついでに公民館と神社の正月飾りも山積みになっているものから、
それはそれで買い物かごを右ひじにぶらさげて、
主婦のように「あら~」と言い悩みながら吟味する。

ほそーいしめ縄を集落の人に習って自作できないものかな。
あと、絶やしてしまったホウキキビの種を譲ってもらったので、
来冬あたりに自分箒が一本つくれないものかなと企んでいる。

土があればたいていのことはできそうなものに映る。

















自由部門に応募します。
******************************





by 907011 | 2018-11-28 06:41 | Trackback | Comments(0)

垂直。

先日、じょんのび村で自分史上初の男湯デビューをした愚息。
秋田の帰りに寄った、山形あつみ温泉の夜にもそんな兆候があったが、
ここ二日間ほどお父さん(ワタシ)の布団で寝るようになった。

二日連続で、0時頃に自分の身体とは90度折れて横向きになっており、
壁際で寝ている俺をより壁際にじりじりと追い込み、
怒涛の垂直蹴りを狂言(?)の後ろでツツミを叩く人のようなリズムで
レバーや背中を連打してくる。

数年前からおそろしい寝相だなあと見てはいたけど、
家人はこんなのを5年近く浴びながらよく寝ていられたもんだなあと感心した。

俺は異様に眠りが浅いので昨日からすごく眠たい。
冬支度に追われ、しかも16時過ぎると撤収作業を開始しないと真っ暗くなるこの頃は、
昼寝をすると大きなロスになるので、雪が降るまでは正念場で蹴りに堪えていたい。












自由部門に応募します。
******************************



by 907011 | 2018-11-27 05:59 | Trackback | Comments(0)

♂と♀。

秋田の実家までの道のりは遠くて、だいたい8時間くらいかかる。

学生のときに一人で運転していて、
あまりに眠く、なおかつ海沿いの下道を走っていて、
信号も路肩も、ましてお店などにも、えらい距離出くわさなくなることが多々あり、
「いかんいかん、これはやばいぞ」と首を振って、奮起し、
居眠り防止に車内で流れている歌を大声で歌っていたら、
いつの間にか眠すぎて口パクになっていたことがある。
生きててよかった。

四足歩行から二足歩行くらいに進化した近年は、
途中の山形で温泉にビバークする。
(たしか)二度ほど泊まったことがある、遊佐の温泉宿のあたりは、
「女鹿」という地名だった。めが。

秋田には男鹿があり、なまはげがある。
たまげたことには、
山形の女鹿には、「あまはげ」が居た。

検索すればナニガシカのつながりが出てくるかもしれないが、しない。
今までもしないで忘れたままだったので、またそのうちに忘れるのだと思う。
次回に通って思い出すまで忘れておって、
また男鹿か女鹿で思い出したら、そこの男か女の人かに由縁を教えてもらいたい。
あまはげにいたっては、子どもをごしゃぐ(説教する)かどうかも不明のままだ。
かといって、女鹿でのあまはげの写真を見て推測する限りでは、
別に女性的にはんなりしたなまはげであるとか、中性的おかま的なまはげという感じでもなさそうだった。

 *

仏様をまいったときに、いとこのマコトが子をごしゃぐときに、
「おが片付げねば、なまはげのどさちれでごがなー」というと
なまはげ怖さにおもちゃを片付けるようになったといっていた。
秋田は濁点が多い。
イタリア語みてえだと感心されたことも一回だけある。
言葉や由縁の本質については、それが在る現地で知るのがいちばんだと思う。













自由部門に応募します。
******************************



by 907011 | 2018-11-26 05:13 | Trackback | Comments(0)

廃村、あります。

昨朝明けてくると同時に快晴で、
外に出ると皆が一様に「今日、晴れだったの!?」と晴れられた本人も驚きの表情を浮かべながら、
それならそれでと小忙しく冬支度に走る一日だった。
しかし寒い、とても。
8時過ぎ、”ヲクサ”ではすでにブル職人キイチさんが小規模基盤整備に入られていた。

俺も通りがかりついでに、田のホースを外して雪が降っても大丈夫だろうという位置にあげる。


b0079965_06460345.jpg



実験4年目くらいに突入するいちばん小さな不耕起無肥料の自分農田んぼ。
もみがらだけ毎年還している。

昨夜の支払いにじょんのび村と、グルグルハウスに寄ってコーヒーをもらう。
なおも天気よく、ヲクサに置かれたままで、
ついた泥もすでにがちがちの土と化していたトラクターを”ザリガニ池”まで移動。
ザリガニ池はまだ日陰で、移動するだけでも底冷えたのでいったん置きっぱなしで保留し、
秋祭で行けずにいた、廃村・岩野へ冬支度にゆく。

b0079965_06460377.jpg
冬のブナ林など、大変お美しかったけども、なにせタイヤも極限ツルツルの夏タイヤで、
しかもちょっと滑ったりなどして落ちると死にかねないので、ひじょうに緊張した。


b0079965_06460301.jpg

山中は石塚と村田でほぼ構成されてきた。
廃村・岩野は村田家のルーツで、石碑や石灯篭(みたいなもの)と、
この神社跡の祠がある。
祠だけは春と秋の祭礼の後に幣束を入れ替えに参って、
軽く掃除したり、落とし板をつけたりとったりする。
今シーズンで一番、熊に遭遇しそうな時間だった。
ほうきとちりとりを剣と盾に見立てて、無事に落とし板をはめて帰る。
いろいろ寒い。

廃村跡は何か独特の空気と気配が流れています。
「廃村を歩きたい」「廃村巡りが趣味です」という方はぜひ山中へ。
ブナ林が近くて、ザ・山の中といった趣があります。
たまに来ると楽しい。そしてどこか悲しい。
以前、林業講習に出た際に、
「これからいずれ、山の暮らしの生き方を、都会に売れるような時代が来ると思う。」
という話を聞いた。
我らが住むところからわずかしか離れていない、
しかし廃村跡の雰囲気というのも、ふとそんな特有のなにがしかを考えさせてくれる。

 *

昼から満を持して、日のあたる池にポンプを持参して、機械を洗う。
なかなか頑固な泥で、1時半から気付くと日暮れになってなんとか一通り洗い終える。

コンバインを”ツキユメ”に置きに下りたイサオさんが、
再びバイクで上がってきた。

ぶおーんと上がってきながら、
「お、きれいになってる~」と言い、
さらに上がりながら接近したトラクターの斜め前あたりで、
「あ~、それほどきれいでもなかった~」
といったセリフの残像を残して、ぶおーんと上がっていった。
















自由部門に応募します。
******************************



by 907011 | 2018-11-25 07:17 | Trackback | Comments(0)

祝いと惑い。

さいきん目にしたもので、自分の頭のなかで一回理解できずに読み返したのが、
とある歌手が語っていた、
歌手ってみんな
「歌いやすい音域」と
「自分がいちばん素敵に聞こえるところ」があって、
それはちょっとずれています。
というものだった。

懸命に走らせた一方で、
「メロスには政治がわからぬ」と太宰治は書いた。

ワタシは歌がわからない。
ゆえに、かどうかは謎ですが、
気に入った歌は昔からテープが擦り切れるほど聞き続ける癖(へき)があり、
そしておそらくここ7年くらいの歌や歌手がほぼわからない。
わからないけど、主観的には退化とも感じないからわりと自己肯定的で特に不自由もない。

ただ、この歌手たちの対談のなかの言葉は、わからずに噛み砕いて考えてみた。
それはたぶん、歌手の脳みそを私的にイメージするという行為なのかもしれない。
歌いやすい音域という主観と、
自分がいちばん素敵に聞こえるところがあるという客観とに、
なるほどな~と、声帯の弱い自分
(飲食店で「すみませーん!」と声を出してもほぼ気付いてもらえず、一人謝罪みたいになる。)
も低く唸るのでした。





b0079965_07173925.jpg
(テープといえばTDK。TDKといえば仁賀保)





昨朝便所のカレンダーを見たら、
今のこの(2軒目の家)に引っ越して4年間が経過したのでした。

昨日の雪はすぐ溶けるだろうなと、
逆山下達郎クリスマス唄的にたかをくくっていたら、そうでもなく、
公民館に軽トラを朝と晩と二回避難させて過ごした。

我が家も節目だったが、
岡田に居を移したヤマさん農舎長も、結婚記念日を夫婦でうっかり忘れてたよーてへへ、
などという話を聞きながら、
昨晩はじょんのび村で、高柳の農業者会議(正式名称は長いので割愛)の
産文まつり反省会で、入念に反省をし合った。

巨大カボチャの重さ第一位に見事に返り咲き、
昨日、雪の石黒で代かきのトラクターから下りてきた王者・イセハルさんは、
首から金メダルを下げ、酒とじょんのび地鶏などの豪華景品に包まれながら、
「いやー、今年はカボチャが大きくできずにこんなに賞品をもらってしまい、申し訳ない」
と反省しながら乾杯の挨拶をされていた。


b0079965_06201552.jpg







最近、たとえば隣の部屋に移動したり、薪小屋に入ったりするときなどに、
ふと、粟島や秋田の海や山や木の風景や音を思い出すことが多い。
早くから梅原真さんを迎えて「あきたびじょん」を突き進む秋田は、なんともおもしろい。
おもしろいが、それは今では旅の人となった自分の主観であって、
いまここにたどり着いて住み暮らしていることが、
そのまま即秋田の実家で同じように住み暮らせるかというと、
それは想像するに難しい、というかなかなか画が見えてこない。

「文章がなくて絵だけで構成されていて、
 本の前後が決まってなく、どちら側から読んでもいい絵本」
を読みながら、ずっとそんな主観と客観のあいだを少しだけ逡巡している。




b0079965_07002946.jpg


山から山へと移動して雪中代かきに入っていたイサオさんは、
梅原真さんに山中の米を進呈されている。
新潟の棚田百選(たしかそんな名称)にも選ばれた”ヲクサ”、
この田ではモチ米がつくられ、
山中みどりの里笹団子をイサオさんの母を含むかあちゃんがたがつくる。
小さな農山村が描く、そういう循環の画もある。




 * * *





junaida
この絵本って、どちら側から読んでも、
1ページめが「ドア」なんです。

読者がドアを開け、一歩を踏み出して、
白い道をたどっていくと、
いろんな世界につながっていて、
そこでは、
さまざまなできごとが、起こっていて。
──
ええ。大きく言えば人生みたいな。
junaida
そう、ぼくたちの毎日にも、
いろんな物語が起こっているわけで。
──
家から出て、電車に乗っていくだけで、
何かしらに出会いますよね。

その新鮮さ、大人は忘れてますけど。
junaida
子どもは、毎日毎日が新しいですよね。
毎朝、新しいドアを開けていく。

文章のない絵本なので、
自由に、読むたびごとにちがう物語を
楽しんでほしいなと思います。






















自由部門に応募します。
******************************




by 907011 | 2018-11-24 06:38 | Trackback | Comments(0)

初雪。

b0079965_06281759.jpg



いよいよ白くなった。
冬支度はまだ半ばで遅々として進行中。
タイヤも替えていない。
雨降っただけで坂をスリップし続けたツルツルギリギリタイヤ、お役御免。
一回白くなるこの時期からキリギリスっぷりが発揮されて、
最後はスコップで雪の下から何か掘り上げながら、
雪に包まれる長い冬をお迎えする。

秋田では終始日差しがまぶしすぎるくらいに好天で、
がしかし、行きは頭のてっぺんだけ白かった鳥海山が、
二日後にはあきらかにおでこくらいまで白く広がっていた。
われらが心の山、鳥海山。

あれ」になると怖いので軽トラを公民館にあげておこうか。











自由部門に応募します。

******************************


by 907011 | 2018-11-23 06:44 | Trackback | Comments(0)

vacuum.

紅葉と秋田杉に内包されて終始した秋田から戻ると、
山中は思った以上に「冬化」が進んでいた。
昨日午後から日差しが出たので、
今日の晴れ間にする予定だった、というか20日くらい前に済ます予定でもあった、
乾燥機の掃除をはじめる。

先日買った業務用(?)掃除機がじつに有能で、
「なぜ、いままでこの存在を見落としていたのだ」
「よくまあ去年おととしと掃除機なしでやったなあ」
などと感心と半ば憤りすら感じてぶつぶついいながら、
粉塵でマンガのようにくしゃみをしながら、
でも結果的に掃除機様のおかげではかどった。

ぶつぶつ言っている終盤になっても
「こりゃあ、夜トイレに立ったまま寝ぼけながらつけたTVショッピングの
 一発目の商品がこれでも、今の俺なら買うな。」とか
「トイレでたまさか目にした新聞の下の方の広告に、
 『今ならもう一つ同じ商品をつけます!』と書かれてあっても今の俺なら買うな。」
などとずっと掃除機を褒めたたえ続けるのでした。

 *

男鹿水族館に行って公にはじめて知ったのですが、
神の魚「はたはた(鰰)」は、秋田の県魚だった。
雷魚までは知っていたが、県魚というカテゴリーがあるのは、おじさんはじめて知った。

秋田に行く直前に、正しく秋田県民歌を聴きながら、
「なんも大学」を斜め読みしながら、
男鹿と仁賀保をこのたびの重点エリアとした。

そうはいっても光速移動しながら子を全面に出しながら親孝行をしながらな、
いろいろ「ながら」のまま、じつはあまりよく読み込んでもいなかったけど、
テレビがうちにないせいで、ユーチューブ中毒にさせてしまっている子に対して、
「これは!」と惹かれた仁賀保のTDK歴史みらい館は面白かった。
また寄りたい。さすがだ、なんも大学、読破したい訪れたい。



b0079965_05110529.jpg


と、父は昼飯もすっ飛ばして満足気だった一方で、
しょっぱなの「歴史」の方の展示のはじまりのあたりで、
まじまじと見ながら、子が「ねえねえ、これ、爆弾?」と言った。

まわりのTDKの人らに聞こえてやしないかと狼狽したものの、
歴史もみらいもなかなか興味深く、またゆきたい秋田にわたしは。














自由部門に応募します。

******************************




by 907011 | 2018-11-21 05:36 | Trackback | Comments(0)

冬来る前に。

いろいろ覚悟で事前にあたふたして進められるものは進めておいたものの、
やはり、(それでもなかなかの弾丸ツアーながらも)3泊4日あけてみると、
仕事がそれ相応にたまるもんで、朝からまたあわあわとしていた。
とりあえず会議は二つ、欠。

今朝は子を公民館に送り出した後に、
稲刈り後もやっぱり水不足につき、秋代かきができず冬季湛水できなそうな田があるということで、
オクサ水利組合による「ため池フル活用事業」として、
停めていたポンプを再び給電して揚水の試運転をする。

 *

弾丸前の準備のなかの一つで、
村の共同車庫を一枚空けるという、たしか先々代区長以来20年来積み残しの仕事もあった。
かつての製材や製縄という山中の共同作業で使った、
先代区長も幾度か役員会の議題にしつつ、
そうはいってもやはりなかなか片づけるのがはばかられた財産を
いよいよもらい手もなく、俺も先延ばしして見ずにきた。
こういう時は朝カーテンを開けて天気を見て、
「あ、いい日。」と思いついたその日が吉日として、
えいっと整理する決心をして、えいっと手を着けることにした。
ないけど、うちにカーテンは。

事前に段取りだけしていた、山中重機部と
山中チェーンソーズとで(かなり硬くて重い木と鉄類が主)、遅々として整理中。




b0079965_04240990.jpg


ついでに業者を頼んで、冬じたくや各戸の作業所の片付けに、
週末に村のなかをゆっくり一周してもらうべく、
回覧を作成して、これからぐるぐる回す。間に合うんだろうか。

そんなこんなをあたふたとやっていたら、
毎年恒例風物詩ではありますが、
俺の冬支度が本人も驚きの遅さで間に合わず、
今年も雪の下からいろんなものを掘り出しては、小屋に運び入れる様が予想される。
学習能力ゼロのまま、また初雪にあわてふためき泣きながら
冬を迎えるキリギリス状態もだいぶ板についてきた。











自由部門に応募します。
***************************



by 907011 | 2018-11-20 06:27 | Trackback | Comments(0)

秋田のセリは根を味わう。

春に母方の祖母が亡くなった。
昨夏に我が家帰省して施設を訪れたとき、
脳の果たすべき本来の機能が随分明晰で快活で、数字や年数を盛り込んだ昔話まで終始されて、
「施設訪問」というイメージで行ったこちらがたまげたほどだったが、死んだのだった。

兄から連絡をもらったのが、4月16日で集落の春の総会を終えて、
一杯やってほろ酔いになって帰宅した時間だった。

我がごとで何故かわからぬ気分の低調が続いていたなかでの突然の衝撃が先ずあり、
それから、
最後まで百姓だった祖母には子供心にも思い出すこと考えさせられたことが多くあったんだよなあと、
衝動的にスーツを出して、翌朝に秋田に一人発って7時間くらいで着いて着替えて、
葬儀に混ぜてもらった。

いとこのマコトのばっちゃ(婆)。
ふすまをとっぱらった広間で、遺体と対面。
お経をあげてもらって、そこから秋田らしいというべきか、
7,8人だったけど、送るための大酒盛りだった。
特に一番後ろに陣取って、
マコトと俺と、
すぐ後ろの家の同級生のマサトシ
(野球部のエースで人柄も超万能。根暗で運動神経ゼロの俺と好対照だったけど仲良くしてくれてた)と、
3人で珍しい焼酎を3本くらい空けた。

「いっつも飲まされる、あのココアみたいなミロの走りみたいなやづあったよな。」
「マコトの昔の家のトイレが離れさあって、
 泊まりに行げば怖ぐっていっつもばっちゃにケツふいでもらったったな。」
「なんでここの家さ洋ナシの木あったんだべな。」
「俺がだ遊んでれば、ばっちゃいっつもそごの水路で大根どが洗ってらったよな。」
「野球部のモテギカズヤって覚えでらが?」「あー、わがる」
「いますげーんだで。この前マツコどがのテレビさ出て、
 全国のコメリどがさだって、茂木和哉って洗剤売ってるんだで。」
「あーそっか、なおきの家テレビもねえがらな。」

「んだんだ」とバカ話で笑い倒した。

山中式(というか葬儀式場システム)とも
まったく勝手も時間の流れも異なる、言ってしまえば、良い葬式だった。

 *

半年が過ぎて、
子を連れて「30年産米を手渡す」という口実で秋田の実家に飛脚し、
祖母の仏様を参って線香をあげた。

などと書き出すとなんともじつにストイックそうですが、
よく遊び、何よりもよくごちそうをいただいて、
懸念だった体重がわずか数日で予定以上の数値に跳ね上がってしまった。
初日夕方にたどり着くなり一族郎党による宴席が続き、
ワタシ、昨朝風呂あがりのAM6:00に、食いきれず折り詰めに入れたままだったウナギ蒲焼を二つ食ってから、
ホテルの朝ビュッフェに腹をさすりながら、うぃ~とゆくのでした。
腹が常に圧迫されて苦しくて、食えばとにかく眠たくなり、なかなか酔えない秋田。

 *

山中でも、どこでも、まあ似たり寄ったりだけど、
言葉数の少なめな人種・秋田人は、日常の場面でのちょっとした何か、
たとえば、訪れたけど留守だった人ん家の玄関先の乱れ(風で飛びそうとか)を少し直して去ったり、
そんなごく小さな無言ボランティア的なことに対して、
あとでお礼を言われた側が、ほとんど100%、
「なんもだ。」と返す。

幼少時代から親との関係性が少し変わった距離感で育ったためかどうなんだか、
次男坊としての俺は伊藤家での”変態”性がひと際濃くなってしまい、
子が生まれてやっと世間様なみに実家に帰省するようになったものの、
年に一回ペースでしかほぼ帰省しない。

ただ、これは20歳くらいからでしたが、
県境が近づくあたりから、どーんと出てくる
鳥海山のとにかくどでかい存在感(秋田移動中にほぼずっと見えている)と、
逆サイドを眺めると荒海日本海が続き、その光景がなんとも好きでたまらなくなり、
とりわけ年々その「鳥海山は心の山」的感動が色あせずにますます濃くなっている。

前も書きましたが、
自分が「高柳」の広域・町域的活動にあまり身が入らないというか、
自分を観察してみて明らかに気分が乗っていない一因はここら辺にもあるかもしれない。
高柳で生まれ育った人間が、
もっと「高柳への想い」を抽象でなくて具体にできないでどうすんだよ、
などとわりと冷静に感じてしまうことがどうしてもある。

自分ができるのは集落単位で、日本の(あるいは世界)最先端に立つ消滅現象と対峙すること。
それが短期的にも中期的にも基礎石になるはずだと信じているので、
物事を考える単位はたぶんもうずっと長く「集落」になると思う。
一つの基礎石をしっかりして、
私的にはよくわからない広域の活動的なもののテコであれれば良い。

スチャダラパーが歌っていたが、
世の中にはミクロボーイとマクロガールとがいる。

松之山のコグレさん宅に掲げられていたが、
風の人と土の人とが出会って、風土を織りなす。

左様、
一人いくら声が大きくても剛腕でも明晰であってもよろしくない、
それぞれに特性があり、機運の高め方という過程がある。
彫り物の名匠は、素材を見てそこに掘られるべき像が宿っている姿を重ね見るそうだ。

 * * *

そんな、結局生粋の秋田のわらしだった中年のノスタルジーの穴埋めに、
おっさんになってしまったワタシはよく、
なんも大学」を見て、う~ん高質な田舎・秋田などとつぶやきながら秋田以外の酒を飲む。
このコンテンツの一つ一つが取材のテーマ選定からすばらしく、
梅原真さん的うらやましいかつ真っ直ぐなラインナップが続いている。

最近は、「なまはげと仁賀保」がずっと心に残っていたので、
祖母の線香もあげつつ、返す足で男鹿半島などで飛び跳ね遊ぶのでした。




b0079965_05183250.jpg


写真真ん中の下に映る小さな緑色の生き物がわらしです。
でかい。
そしてここにあったアメヤ珈琲というお店の空気と
商品のちょうど良いあんばいの企画やパッケージ力にすっかり魅了されたのでした。

ということで、昨夕投宿して雨になってきた山形・あつみ温泉のお宿から
生存報告と、慌ただしい日常にまたもあんまり帰りたくないなあという吐露でした。

あとは秋田は、もう一回男鹿リベンジしてなまはげ伝承館と、
さらに北の奥にあがって白神山地とマタギの里を見られたら、ほぼ満足で、
山形は三山が参れたら良し。
あとはほぼ幼少時~独身時代に行きたい東北は、
空白地帯青森県をのぞいてだいたい回ったので、良かろう。

 *

見た感じそろそろなんか考えねばなあという両親の”あんべ”と、
農業以上に完全に無休で忙殺されている跡継ぎ長男のお手伝いが必要だろうなと、
不肖このワタシも客観的に(面倒だなと半分思いつつ)考え込んでしまわざるを得ない実情が迫る。
俺の根っこはどうなるだろうか。

小さな小さな山中集落のことと、濃すぎる血族のこと、
「冬季を活かしてどうにか折衷案を」などという器用なことは
両者および自分の日常の切迫感からしてまず不可能であり、
そう遠くもない先に大きな決断を自分でしなくてはいけないような気が、
とくに家業を、自分の選択や時間や肉体といったものをすべて捨てたかのようにして継いで
東奔西走する兄を見ていて、切に感じてしまった。
根っこはどこにある?

山中で継いでいる最中のものを、
継ぐ者に継ぐ日が来るための努力をせねば。

・・・とかなんとか気負っているうちに、兄より俺の方が短命な気もしている。
何かを計画している最中に起こる予想外のアクシデント、それが「人生」と呼ばれるもの。
みたいな言葉があったな。

とりあえず温泉で平泳ぎをしてきたいと思います。
































自由部門に応募します。
***************************


by 907011 | 2018-11-19 06:31 | Trackback | Comments(0)