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山中記

<   2018年 12月 ( 15 )   > この月の画像一覧

無難な猪年でありますよう。

恥を忍んで、なのですが、
じつは年賀状の話題が出回る先月くらいまで、
ワタシ、ずっと「今まさに猪年」だとほぼ一年勘違いをしていて、
たしかに、イノシシ被害ほぼ空白地帯だった山中に獣害が如実に出て、
まったくもって猪年だなと稲刈りの頃に数人の農家と話したけど、
文脈上、違和感がなかったせいか、誰も否定することはないまま先月くらいに至る。

この後の結論に続く言い訳なのですが、
ここ5年以上か、「年賀状を書かない派の人間」として、
「年賀状をインクジェットでずばーっと擦り続けてマメに送る派」の友人・知人・はたまた目上の人に対しても、
もう、「年賀状を書かない派の人間」としてあきらめてもらおう、
それによって忘れる程なら忘れてしまわれてもいいから、
という元旦から無礼千万なスタンスを頑なに貫いてきた。

そのせいでか、さらに恥ずかしながら、
じつはいまが何(干支)の年だったのかわからない。
調べるか、聞くかすれば瞬殺できる問題だけど、とくに調べる気が湧かず、
幸か不幸か、干支の会話をすることがないまま、
もしくはあったのかもしれないのにまったく聞き流したまま今日大みそかにいたる。
まあ、いいや大みそかだから。
人間の脳は忘れるという機能を所有してなかったら、
まったく私的な推測ですが、聞き流すべき情報の洪水が氾濫して、
脳の機能はもっと2,30年早く認知症状に近づいていくと思う。
あくまで、「忘れる」という作用で今日まで生き延びたんだよなあという自分の極論に過ぎませんが。

そういえば、いままさに厄年だったのに、お祓いに行きそびれたままでもあった。
あと9か月間、山中劔神社と酒の神バッカス様がお護りくださいますように。

 *

「一般常識がない子どもで」と人に対して、親に自分を紹介されたことがある。
家人の実家(わりと近い)にも、
普通一般常識的に年末年始は移住してきた婿として挨拶に行くのも当然だろうが、
なんとなくなあなあで流してしまい、年賀状と同じで「まあそういうヤツなのだ」と思われたい開き直り感がどうもある。
まんざら親の自分紹介も的確だったようで、さすがだなと今更に思い出す。

だいぶ逡巡した挙句、ここの節目だけは前向きに婿どんをせねばと考え出し、
今晩は家人の実家に行っておせちを囲ませていただくことにした。
ただ、明朝も道踏みをして、朝の公民館前の雪を少しきれいにしたり、
ジャケット的なものを正しく羽織って集落の共同年賀というので公民館に集まるので、
今晩の泊まりは失敬して家人に送ってもらい、一人山中に帰って寝る。

「節目」とか、いわゆる世間話とかお茶のみなどそういったこと全般が
気質的に苦手なのでかどうか、
どうも今晩みたいな節目とか、親類の集まりとか、
あと、去り際みたいなタイミングがほぼ意思表示できず、
苦手で仕方ない。

年末というのは自分がよそから流れて来た移住者であるという、
薄ぼんやりした”アウェイ”感を毎年必ず感じるおそらく唯一の時期でもある。
つくづく世の多くの嫁さんは偉いもんだなあと敬意を感じる。

まあ、ビールを飲めばヘラヘラしだして、
おそらく寝ている間に、いよいよイノシシの年に突入するのであろう。

猪年ですが、どうか無難でありますよう、良いお年を。







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by 907011 | 2018-12-31 06:59 | Trackback | Comments(0)

冬は旨し。

先日、燻した「いぶりがっこ」と鰰をつまみに呑んだ。
ちなみに、ハタハタは魚に神と書く。
「秋田県魚である」というのを先月、男鹿半島の水族館で知った。

愚息は男鹿水族館の一押しであるらしき白熊のゴウタを
上から眺めたり横から眺めたりエサを投げてキャッチしてくれたりしたものの、
それほど関心は湧いてこないようだった。

俺はクラゲを眺めることが好きで、
(一時、職場パソコンの壁紙が撮りためたクラゲ写真の無限ループだった時がある)
山形のクラゲに特化した水族館のことを思い出したりしたが、
いずれせよ、水族館はおもしろい。
ちなみに大森山動物園にゆくと、カピバラに見とれる。
途中で引き返してでも2,3度見に戻る。



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でも、子どもと同じで水族館にせよ動物園にせよ、
ずっと見ていたい箇所はずっととどまって眺めていたいが、
半数以上くらいは、「なるほどねえ」といって次々に移動したくなるものでもある。

がしかし、生き物を眺める以外の部分で、
施設が知恵を絞って伝えたがっている膨大な情報量に対して、
ケチな自分が顔を出し「よく読んでおけ」と指示を出すのだ。

これはでも振り返ってみると、入館料うんぬんでもなくて、
無料の博物館展示みたいなのでも同じようなことを感じるので、
おそらく、20代時分の自我に対して強く感じた、「時間ケチ」なのだと思う。
金もないけど、なぜかむしろ時間に対する観念が強いという、
さらに、もう20年近く経っても、変わってない狭量な感覚だ。

というようなことをぼんやり思い出したりしながら、
昨日は原信で見つけた秋田産ハタハタ(白子だったのでオスのみ、2割引き)をつまみ、
地酒石塚酒造の「高柳」と、秋田にもある湯沢という地区の「両関」を飲んだ。

暮れに毎年いただいている先輩農家ミツタカさんに、
種まきから打つとこまで自己完結させている高尾蕎麦をいただいた。
もらいに行ったら打ち方をされている立ち姿がじつに格好良く、あこがれた。
帰宅後、雪堀しながら耳に挿した落語音源から流れた小三治さんの「時蕎麦」を聞き、
その食べる仕草の音がなんともたまらずに、
打ち立てもらいたて蕎麦をつつつっと手繰った。

公民館の除雪にゆかねば。
かんじき履いて道路に出るまでが長い。
夜中はあまり降らなかったようでひじょうに助かる。





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by 907011 | 2018-12-30 06:28 | Trackback | Comments(0)

殻に愛を。

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年末に家人の実家経由でいただいている岩牡蠣。
いざ殻を開けると、「あっ」という間にぺろっと食べてしまうわけですが、
なんとも絶妙な味と食感だなあと噛みしめる。

噛みしめた後、薪ストーブに置いてカラカラに干した殻(ネコにほぼ毎日いたずらされる)を、
薪と一緒に燃やして、「山中米」田んぼにまく灰の袋にしまう。

殻と牡蠣の身(実?)。
お互いにあまりにもかけ離れた見た目と感触。
干されてる最中の殻を見て(ほぼ毎日ネコに荒らされた殻を拾いながら)、
ものすごく突然に、ふっと、
秋田で目の手術をして免許返納をしたという父親の話を反すうしていた。

 *

ごつごつとした殻のフォルムと
頑なに内の身を守る頑丈な姿に今冬も魅了された。

といったような癖(へき)があるのはワタシだけでしょうか。













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by 907011 | 2018-12-29 08:30 | Trackback | Comments(0)

チーム再編成。

よその集落の人が聞くと呆れ嘆かれてしまうと思うのですが、
この30年度、山中集落は4月に役員会と総会を1回やって、
あと区としての会議はまったく開いていません。

折々に行事の打ち合わせや、それぞれの行事や区費をいただく「上納」の際などに
集まったり個別にお話を聞いたりはしますが、
あとは電話会議と道端会議と田んぼの畔会議および軽トラの窓越し会議などで
大抵の要件は済み、はかる議題がないのもさることながら、
皆さん一つずつ歳を重ねて、たとえば行事の打ち合わせにしても、
公民館に5名程度でもぴしっと集まることが困難になり、
また、最若手であるところの自分もそんな中で招集をためらうというのもだいぶあります。

まあいずれにせよ、小さな集落の在り方なりに冬まできたなという感じで、
冬はいっぱいの雪と溜めた書類に包まれます。

 *

そんな中でも意外に山中の農業者の情報交換というのは、
他の村ほどではないだろうけど、思いのほか活発な方だと感じる。
ですます調で文章を書いているとしっくりこないというか疲れるので変節。

23日日曜日AM9:00。
いつも会議は夜にうわっと集まって、
お題目をだいたい話してある程度のラインのまとまり方くらいになると、
そこで第一部は打ち切りにさせてもらって、
大方、出てきたもらった人の口を湿らせてもらい、
第二部「その他フリーテーマ」として入念な情報交換がはじまる。

がしかし、この日は午前に公民館に集まって、
だるまストーブを囲みながら、
「山中生産組合」の来春からの編成と、
集落営農でもう少しできる可能性はないかとか、
集落は小さいながら山中はわりと農地が飛び飛びに散在しているのも事実なので、
どのようにして(まあ、いわば小さく)まとまっていくかetc.を話した。

より小さな集落群の篤農家が高齢になりつつ集まっている石黒集落において、
集落営農の法人化から伴走してきたイサオさんの情報提供など、
皆が「むむむ」と耳を傾ける時間があって、気付くと昼になっていた。

いろいろ空から止まずに降ったり、
ときにいろいろ玉突き連鎖的な難しい現象も降りかかってきたりしがちな冬に内包されながら、
それでも「柔軟な物腰」という在り方を、頑固者なりに今冬も
掘ったり運んだり打ったり割ったり飲んだりしながら、考えたい。



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・・・というような「徒然」の脳内整理(備忘録メモ)を、
ワタシは3,4行で書ける男になりたい。







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by 907011 | 2018-12-26 07:00 | Trackback | Comments(0)

自家採種:「秘伝」編。







ワタシの年間の「枝豆」消費量というのは、
おそらく人が思っている(そんなこと思う機会自体ないと思うけど)以上に多い。

JA柏崎ではここ数年、水稲一本に比べて園芸(畑作)の方もだいぶ進めていて、
かといって山間地では排水等の難しさもあってか、
けっこう畑作を積極的に拡大できる農家さんは少ない。
かくいう自分も集落だ子どもだ、なんだかんだで結局田んぼが田んぼが・・・と、
あわあわしている間に数年経つが、
枝豆だけは毎春に「これで枝豆食い放題だな」と薄ら笑いを浮かべながら、
十日町(市外ですみません)の「ムラヤマ」などで買ったり、
自家採種を続けたりしている。

余談ですが、ムラヤマファンは高柳の人にも多く、
しばしば皆、満足げな顔で
「ふふふ、ムラヤマ行ってアレ買っちゃったんだ~」などという会話も少なくない。
冬季のダンプとか除雪関連の道具も十日町に出た方がはるかに充実している。
柏崎のホームセンターとは比べるまでもないくらい品揃えが違う、
というのもつとに言われる話だ。

いずれにせよ、ムラヤマは意外とこじんまりしているので、
「ほほお」と言いながら隅々まで眺めていると楽しい。
頑張れ、柏崎。

 *

そんなこんなで、じつは今春・夏ともにあわあわしている間に、
豆をまけずにおって、
(冬も枝豆切れで中毒を起こす俺を見かねてか)、
家人が、ここ数年採種していた「秘伝」という豆をまいてくれた。
例によって、「あっ!」という間に食べてしまいましたが、
一応、また種採り分も(我慢して)確保して秋にはさがけで干しておった。




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で、やっと薪ストーブに当たりながら種採りした。
おとといだったかに、2時間半くらいかかったけど、
たまさか通りがかったセガレガクが、珍しく最後まで手伝ってくれた。

(思いのほか熱心に手伝い続けたので、家人が戸の隙間から撮影。
 我が家の部屋の狭さも、なかなかの思いのほかレベルであることが伝わる一枚)




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米の一空き袋をガラ入れに使う(あとで薪の着火に使用)のですが、
紙袋を広げるとなぜかネコがずっと中に入ってほぼ出てこないという不思議。
これはこれでセガレガクの手伝いに一役買ってくれて、今回は助かった。
(たまにけっこう邪魔をしたりもするので)



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で、無事に18年産の秘伝の種採りが一家総出演でできました。
今後(来年とは明言できず)はどうでも豆を増産して、
冬に食う豆(冬にも枝豆がないと困るのでタイかどっかの冷凍枝豆を買ってもらっている)を
冷凍パックするところまでこぎつけたいものだ。

そういう園芸もある。
かつて長岡の農業体験施設に数年つとめていた時によく思っていたのが、
「長岡市の家庭菜園普及率(面積なのか統計的なことは知らないけど)とか、
 そんな切り口でもって”日本一”を目指すことだってできるんだよなあ。」と、
わりと真剣に考えたりしていたことを、
柏崎市が公費で大挙して(?)東京でパーティしているだけにしか映らない、
「シティセールス」事業なるものの報告などを眺めていると、思い出す。


豆の自家採種の話から全然関係なくなりましたが、
秘伝を入れたボトルが今年はおいしかった焼酎の瓶にした。
お父さんとしての自分が豆保存用に焼酎をたしなめる男に生まれて良かったというものだ。

参考:(以前に記した)豆の保存のコツ。

来年も枝豆を頬張りながら、保存用の焼酎を飲まねばいかん。


 * * *


<芹澤
従来の大規模農業を
「マクロファーミング」と定義するならば、
ぼくたちが目指しているのは、
「マイクロファーミング」
「分散型ベジテーション」と言いますか。

しかも
それを「都会から」はじめたいんですよ。
──
ええ。
芹澤
新規就農者って、増えてはいるんですが、
辞めていく人も多いんです。

いわゆる「アグリテック」なんて言葉も
みんなが使ってますけど、
既存の中央集権型の農業の枠組み自体は、
変わっていないわけです。
──
芹澤さんのプロジェクトは、
既存の農業と「棲み分け」られますか?
芹澤
新しい農の楽しみ方を提案することで、
バランスをよくすることが
できるようになったらいいと思います。

世界の人口と食糧事情を考えれば、
この先、農家さんだけに頼り切るのは
難しくなってくるだろうし、
であれば、
ぼくらは、野菜を真ん中において、
みんなで育てて、
楽しくコミュニケーションをしながら
ゆるやかにでも、
食糧問題に資する世界をつくれたらと。









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by 907011 | 2018-12-24 06:57 | Trackback | Comments(0)

はじめにネーミングありき。

数日前に出席した研修会の話と資料から
(主催が行政だったので)何の遠慮も躊躇もなく引用。

 *

柏崎振興局の会議室で行われたのですが、
冒頭は県、市の行政への箴言から口火を切られてました。

「このたび、国が農業とくに中山間地の農村をサポートするための3つの交付金
 (中山間地等直接支払、多面的機能支払、環境保全型農業直接支払)を法制度化して、
 国から県、市とおりていっているわけですけど、
 たとえば県、市レベルの行政における農政では
 おそらく平場と中山間との並走は難しくて、
 (数年間で人事や部署異動があり)
 中山間地農業には対応ができないのだと思った方が良いです。」

「役所はずっと「農地集積だ」とばかり言ってきますが、
 とりわけ中山間地における農地集積なんていうのは、
 べつに、集積された農家の利益の向上に結び付くことはほぼ無くて、
 ただのコストダウン程度でしかないです。」

「3つの直払い交付金で農家の減少という事態をカバーしていくしかないという方針にいたりました。」


~それでも、なのか、それだからだったのか、
 講師・ツバキさんの見附市では
 1市で1つにまとめる超広域協定組織を立ち上げて、全集落が加盟。
 その継続・発展のために、広域協定とは別人格となる一般社団法人を
 行政主導で設立後、ツバキさんは市を退職して法人へ~


「NPOというやり方も検討されましたが、
 一般社団法人というのは、立ち上げがわりにスピーディーにしやすいというメリットがありました。
 この一般社団法人にも①営利型と②非営利型があって、
 うちは後者なので内部留保のお金はなく、すべて見附の広域協定内で分配されて活用してます。」

「見附はじつは中山間直払の対象になるのは8集落しかないんです。(多面的は66集落+α)
 がしかし、その対象となる山の農用地のカバー率は100%を維持保全しているんです。
 (中山間直払8集落の協定面積133ha:年間予算約1400万円。
  余談ですが、多面的の方の予算は0が一桁増える)」


「でもですね、勘違いしてもらいたくないのは、
 ”広域協定”というのはあくまで単なる手段、方法であって、
 それぞれの区域はそれぞれの集落が活動するというやり方はほとんど変わるわけではありません。
 活動の単位はあくまでも集落です。
 ただし、さっき言った山の農地維持を100%カバーしようというところで、
 たとえば集落間の人手や作業のやり取りをわたしたちが事務局として調整の話し合いをしたりします。」

「1市で1組織という広域組織を立ち上げたからといって、
 それで自動的に付与されるメリットなんて乏しくて、
 申請書とか報告書とかの煩雑な書類が組織1枚で済むことくらいです。
 事務処理が大きく簡素化されるから、それは行政側は「広域化しろ」と繰り返し勧めてるでしょう?

 ただ、メリットって本当にそれくらいなものなので、
 この組織を運営していく、あるいは農村集落を維持していくために、
 『何ができるか?』ではなくて、『何をするか?』を創りだす、それだけです。」

「あと、1市1組織のメリットは、地域でつくられる農産物の販売です。
 うちの市長は商人というかセールスマンのようで、
 『まず先に需要』なんです。
 販売、注文、販路の確保・拡大があくまで先であって、
 その獲得した需要に対して、みんなが生産活動をして追いかけていくというやり方なんです。」

「どこも農家、農地の問題は深刻化するだけです。
 昔も、今の若手の人たちにしたって『農家のモチベーション』って何か?って言うと、
 たとえば専業農家であるなら、
 いわば、「農業で生活していきたい」「農業で飯を食ってなりわいにしたい」というはずだったと思うんです。
 かつての米政策と様変わりしてしまって、
 それが崩れて現状では残念ながらひじょうに難しくなってきてしまいました。

 だからこれまでの、「農家のモチベーション」に頼ってきた農村集落の維持保全もほころんできた。」


~そんなこんなで講演時間の締め切りが来て、その後小一時間グループワークが行われた。
 たしかに山手の集落代表の方ばかり参加されていたので私的には面白かったが、
 どのグループ討論にせよ、結論はすべて人手不足、若い人が欲しいに終始した。~


「皆さん、若い人がいない、どこも人手不足だってばかりいいますけど、
 年寄りだけはいるじゃないですか。
 すごい力や知恵を持って残してるんじゃないですか。

 関係機関でもいろんな制度がありますが、
 たとえば地域おこし協力隊とも異なる「縁」のつながりもあります。
 うちではいま、農家とは違うモチベーションを宿した一般市民による農村への出入り、保全モデルとして、
 県と協力して”市民ファーム構想”というのをまさに進めてます。
 ぼくらは「楽農」と呼んだりしてます。」


 *

頑張って記憶を掘り起こしつつ無許可で引用しまくりましたが、
あといろいろ割愛し、
最後に私的に一番印象的だった、「集落の名前を売るのだ!」というお話しメモ。

「直売所をつくってみたらおもしろいもんで、
 お客さんって山手の方の米から買って、売れていくんですよね。

 もうずっと、『地域ブランドを!』ってすごーく頻繁に使われて言われてますけど、
 でも「ブランド」って、じゃあ何ですか??
 わたしは、”その地域を識別するための要素”なのだと思うんです。」

「だからこそ、いま、集落にあるものでブランド化はできる。
 売れるものをつくることと、売ることは違う。」 

「”何を生産するか”ということよりも、
 その集落や村が持っている背景や過程、
 そしてじつはネーミングっていちばん重要なんです。」





(一社)農村振興センターみつけ(椿事務局長)





久々に真面目に記したなあ。

私的結論としては、
「やはり、はじめにネーミングありきだな。フフフ。」と振興局からの帰路に低く唸ったりしたのでした。


寝た子も起きてきたのでこの辺で。







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by 907011 | 2018-12-22 08:14 | memo | Trackback | Comments(0)

(写真の「峻別」中。)

昨日。
8時~14時過ぎまで魚沼猟師さんとディープ山中と一部ディープ仙田を歩いた。


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by 907011 | 2018-12-17 07:00 | Trackback | Comments(0)

渋。

ネコとえいっと起きて着火(ネコではなく薪の方に)し、
一晩干していた3つの長靴とかんじきを、
それぞれ思いつくままに3パターンの結び方でむんずと縛った。
雪(思ってたより積もった)の中において、かかとよりもつま先が抜ける方がどうも厄介なので、
今回はつま先に重きを置いて、もしやこれは完璧なのではと一人満足し、
振り返ったら、ネコはすでにストーブの前で寝ており、
指の第一関節の内側の痛みだけが残った。

 *

今年は柿が豊作だった。
いまだに雪に柿の実のオレンジが見てうかがえるし、
とりわけ今秋は異様なほどにカラスが多かったのも、
柿の豊作と関係あるのかと勘繰ったりもした。
ある日など朝仕事に軽トラで走っていたら、
”へやち(平八)”さんの屋根に20羽ほど戯れていた。
20のカラス+1つ屋根の下で寝てた、へやちのマサさんも堪らなかっただろう。

去年やろうやろうと企んでいてやらずに終わってしまっていた、
柿渋仕込みを、ふと見上げたらそこここが柿だらけだったので夏のさ中にやった。
柿を切り刻んだりして細かくするのが大変と聞いていたので、
昨夏は時間もなさそうで尻込みしてできずに終わったものの、
このたびは、頑丈な袋に入れて口を縛り、
カケヤ(木槌の化物みたいなやつ)で潰して粉砕したら意外に楽だった。

 *

その後、秋の稚拙な雑記や知人のメールなどに、
「あー忙しい。稲刈りが忙しいなあー。」と記しながら、
その傍らで、ひそかにワタシは毎朝晩、
冷たくて暗いっぽいところに安置した桶の蓋を外して、
そろりそろりとかき混ぜては、
ぶくぶく泡立つ(初めは柿酢と同じく発酵から入るらしい)様を見て、
静かに柔らかく微笑むのでした。

致命的に不器用な手(たまに自分のメモ書きが翌日くらいに読解できない)を持っているので、
失敗しそうな感じ50%というところで期待薄のまま、さらに寒くて真っ暗な車庫に放置。
当初はただの柿酢になろうかという様子だったものの、しばらくぶりに見かけたら黒く色づいていた。
また来年はもう少し青渋柿のピークに仕込んでやろうと企んでますが予定は未定。

柿渋っつうのは、その出来がわかるのに3年近くかかるらしい。
とくに忘れることにかけては天才的なポテンシャルを持つ自分には、向いているのかもしれない。

春にはその辺の柿の葉茶や桑の葉茶や熊笹茶を干しておけば、
「自分茶」というのが、特にこの寒い時期の楽しみになる。

「縄をなう」とかその類のことはまったく不向きでどうしよいもないのですが、
半径10メートルくらいで小さな楽しみに内包される、
そういう暮らしもある。





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<小方

      つくるたのしみ‥‥だと思います。

つくるのは、手がうれしいんです。

── 

     なるほど。
戦時中の子ども服なんかを見ても、
質素な中にも、おどろくほど
手のこんだ刺繍が、してあったり。

小方

ものは不足していたんだろうけど、
現代のわたしたちと
どっちが心の余裕があるかなって、
そう思うと、
ちょっと、わからなくなりますね。















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by 907011 | 2018-12-16 05:28 | Trackback | Comments(0)

身のこなし。

16日日曜日、善き日。
山中公民館で8時から魚沼猟師の話を聞く会(と多少のフィールドワーク?)をこじんまりとやります。

来年はゴボウや白菜などをつくったりもらったりして火を起こし、イノシシと戯れよう。








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by 907011 | 2018-12-14 04:47 | Trackback | Comments(0)

渡海。

一か月ぶりくらいに米国のタカオ君からメールが来て
暮らしの近況報告や自分の感情の振り返りなどの後に、
色即是空、空即是色のようなことが書かれてあった。

いわく、
「あらゆる物はただの集まりで。
 ただの集まりだから何にでもなる。分解、合成。死・生。
 視点が自分自身の場合と、
 例えば視点が地球の場合とで、
 死と生がひっくり返るな」
と、休日の朝にボーっとコーヒーを飲みつつ、
家の前の草木に来たハチドリ達を見ながら考えてみたりしているようだった。

海のこちら側であまりチョロチョロとしか動いていない俺は、
緑茶を飲んでネコの挙動を見ながら、文面をしばし眺めて、
今晩のお通夜に、タカオの言わんとする生と死がひっくり返る視点についてなど
考えながら献杯をしようと思った。













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by 907011 | 2018-12-11 06:17 | Trackback | Comments(0)