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山中記

<   2019年 04月 ( 29 )   > この月の画像一覧

肉。

昨日。
平成最後の「肉の日」。

田んぼでイサオさまと一緒になり、
一服時に本人不在のまま、
「夜、フミオさん宅で肉をつまんで一番搾りを飲む会」を企画立案、
18時半過ぎにワタシは家人による、
イサオさんのおくさまてづくりの「ひさみそ」で煮たゾウモツなどを持参し
ダッシュでフミオさん家に一気にかけ上がる。

田んぼで18時過ぎまで泥を引っ張り均して、
シャワーで足がつったのに、
こういうエネルギーは「甘いものは別腹」と同じで別にあって、走られるのだ。

直前に
「こっちは雪で道路以外真っ白になってしまったぞ。」と
松之山の百姓・コグレ”もーぞー”さんからメールをいただく。
あと、コーヒー豆をゴリゴリするのに加えて、
さらに「自家焙煎は良いぞ」とも書かれてあった。
いよいよ六条大麦がぶわっと伸びてきた。
無農薬で梅雨を迎える。

カビ病だかさび病だか、おそろしい致死量の病気がある
(1000粒に一つも許されないだかそうでないだか)ので、
無事に収穫できても、乾燥や試験などをプロに任せようと思う。
で、もしもその上で万が一大麦の実が獲れたら、
「山中の麦茶」を試作する。
令和元年デビューなるか、まあ期待はしないでおきます。

となると、自家焙煎が必要となる。
直火も。
レコードと、ビールも。
ギターも練習せねばならず、足の二本と腕二本では足りなくなる。
・・・下ネタっぽい空気なので、やめよう。

「大字山中」としての山中・塩沢
(あまり普段使いでないですが「山塩」と呼ばれる)の中間地点という位置付けのシンボル、
ツキユメの加工施設が必要になるのだ
(海の柏崎市の事業峻別で、あと1年後に使えなくなる通達がくだり中・・・)。

浅き川も深く渡れ、と星野道夫さんが言っていたので、
くだされる中を、上がり戻すまいか。

 *

たらちゃん&イクラちゃんのスピード感で、
玄関ノックして「どーも」と言ってべろべろと入り、
そのまま階段を上がる。
イサオさんがサラダ盛りや焼き鳥、寿司で
「フミオさん(概ね3カ月くらい前だけど)、山中Uターンおめでとうございます!」と乾杯。
40代、50代、70代の男3人宴は入念にみっちりと4時間くらい続いた。
(一番若年寄?な俺が睡魔に負けてお開き)

人と、人とは
なんべんでも
出会い直せる。
それは可能だ。

 *

自然、
令和元年最初の肉の日が一か月後に迫ってきた。

田植え疲れが出てくるであろう一か月後、
我らはおそらく肉を食っているのでしょう。
肉も魚(内水面)もいずれ自給を目指し中。

今日も何か自給したり他給されたりして暮らそう。

 *

みうらじゅんさんの『ない仕事のつくり方』的にいえば、
たぶんほとんどすべてのものごとは、
「勝手に」をつければ、つくられる。

みうらじゅんさんとそら耳アワーの安斎さんの二人だったか(健忘中)は、
「リョカレク」という各地の旅館でテープに自作の47都道府県の名物の歌を録音して、
「勝手に観光協会」という活動団体名で販売されていた。

峻別されたりなくなりかけそうなものごとも、
勝手にをつければ、出会い直せる、かもしれない。
勝手に生産組合。
勝手に内水面協会。
勝手に猟友会(・・・これは一番やったらNGなやつの例)。
勝手に高柳地区振興協議会。
勝手に高柳町事務所。
勝手に自主財源つくり部。

任意と「(仮)」の前には、相手も敵も存在しない。

最善の一手でもない、
最良の一手でもない、
試す一手。
つまりは、勝手に、
すればいいのだ。

古武術のように、
「力」と争わず、ケンカしないで、
ただ、流す。
個々のエネルギーをまっとうな方向に注ぐ。

勝手と、
「適当な疎らさ」(適疎)とは、
案外と似たもの同士かもしれない。











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by 907011 | 2019-04-30 05:41 | Trackback | Comments(0)

山中のメロン部。


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ただしくは、山中みどりの里メロン研究会。



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会員15組(あぐらって長岡でやっていた一畝オーナー制度みたいなもの)、
1畝500円だけど、
元教員・ツネユキ会長(山中出・通い作の一人。
教員の人事異動転校を経て、魚沼の山に婿入りして、山中を往還する。
魚沼マタギ」もツネユキ先生のご縁)の個人資産の持ち出しによる部分、多し。

ツネユキ先生はあと3年くらいで自称「定年」を迎え、
あとは相談役に隠居されるらしく、
会長から副会長(不肖ワタシ)への、主に”個人資産の引き継ぎ”案を、
今後マツバラ事務局長と詰めていかねばならない。




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草取り、鶏ふんをまいてメロンが這ってツルから根を出すところを中耕。





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昨日は石黒で大仕事(山菜採りが騒ぎを起こして死人も出たとの話)だったであろう、
ハヤカワ巡査やら救急消防の音を山のあちらに聞きながら、
(この天空農園”そうえん”=山中も蚕さまを飼って生計をたてていた風土なので、桑園。桑畑。
 黒姫山をつねに眺められるので、道は怖いけど、ロケーション最高。 Go Local!)
そんなハヤカワ駐在お父さんさんをのぞく
ハヤカワ家のレオ&ルイがひじょうにいい仕事をしてくれた。
農の駅ことふるさと農業体験センターこと「あぐらって長岡」を、久々に思い出す。




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17時にさしかかる頃、市内からのマツバラ事務局長と、
そのバレーチーム(今日が試合とのこと)で
マツバラさんのスパイク(局長いわく「すでに3人は相手を殺ってます」)に
絶妙なトスをあげるヤマモト主将
(高柳町自立経営農業者会議ミツタカ会長のお客さまで、
 麦麦ベイクお母さんとも同郷とバレーつながりだった。
 世間は狭い。そして世界は膨大。)
がもっとも遠方だったこともあり、中締め。

軽トラで公民館で「また来週。」とお別れして、
ツネユキ会長&奥様と、先生の同級生”さんしょ”のヨシノリさん、イサオさん&マサコさん親子が、
電気柵と防獣網の二重ブロックの棒立てをして18時解散。
残業組には会計さん(まあ、広報や名簿作成や送付も任せられた事務局長なんですが)より、
最初のおやつであるドーナツ一袋が支給された。




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一畝500円で苗15本だったかたぶん30個以上、
多くつくりたければ6,70個はメロン収穫できる予定です。
もう1,2畝程度であれば空いてますので、
体験に通いたい方はこのブログのプロフィールかどこかにあるはずの
秘密のパソコンメールに連絡ください。

昨夜は子もいなかったので、
これまで豆を摺り続けた出がらしを薪ストーブ脇で乾燥させた珈琲粉を
布で包んで入浴剤にした珈琲風呂に入った。
色はさすがに出ないけど、乾燥させると(味と)匂いは凝縮されやすい、
というのが干し野菜で得た知恵。
味見はしれないけど、匂いはたしかに出がらしのわりにリラックスさせてもらった。

とりあえず3日まで、ひたすら田んぼへ。
ジャガイモも伏せねば。










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by 907011 | 2019-04-29 07:14 | Trackback | Comments(0)

8時半からジョーノウ。

何回手帳を見ても、
最近とみにスケジュールを飛ばし忘れてしまいそうになることが多く、
自分で自分に携帯電話アラームを鳴らして、
知らしめるべくセッティングして居る。

先日、フサマエ家にお邪魔して
なんやかんや話していた時は、
画面に「金」と表記されたアラームが鳴り、
山中に帰宅して農協に走り、
親方日の丸の多面的機能支払い・長寿命化から21萬6千円をおろして、
オクサ水路の集水桝を治してもらった村田組に収めたのでした。

ワタシの段取りが遅れて、
相見積もりを確認するよりか少し早く、重機がどすんとおりて、
着工されていて、焦りました。
午後にバイクでたまたま通ったら、こっちこっちと呼ばれ、
「はい。検査お願いします」と、すでに終わっていた。
(検査というかぱっと見してる脇で三児の父・ヨシオ君やら、
 門出”田んぼ”の父ちゃんやらが俺のバイクを検査し、
 「やっぱりカブだよなあ」と腕組み咥えタバコしながら言われていた)

そんな(どんな?)デザイナー・フサマエさんも
残雪を崖で「ロック」に食みながら、
昨日終日(最後あられ降ったらしい)、山中の道普請に出席くださり、
さらに直会(なおらい)に、
ワタシの外仕事の本拠地でもある「山中ツキヨメ源泉」を汲んだ
ごえもん風呂につかりながらビールを飲み、
先にやっていた我らと合流し、囲炉裏を囲んで入念な反省会をしていただいた。

ここで生きていくには、人殺し以外たいていのことはできるようになっておいた方が良い。
なので、あまり能動的「移住者の誘致おススメ」にこだわらなくなってきた今春。
やろうと思っていた地域おこし協力隊も手を挙げず、
担当から連絡もこないので
やはり、柏崎の行政に頼る部分と頼らずに自主財源でやるべきことを、
峻別していかないと農山村もやっていけないなと思うこの頃。

そして、昨晩「山中みどりの里メロン」のツネユキ研究会長から着信があったけど、
何を話したのか、そして自分は何を話したらよかったのか、
その前後に囲炉裏で半分寝落ちながら何を話題にしていたのか、
…すら覚えてないけど、それはまた別のお話し。




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エキサイトブログを上手に使う”タンネーズ”のお二人の日記が
絶えず安定していて、さすが、善い。
(下部にあるブログリンク先?ご参照ください)

食べることは生きること。
と陶芸家・シマダさんは記されていた。
そんな(?)上司アラキさんのを読んでは、
勝手に高柳の某かやぶき集落の激烈激写団体バス乗り合いカメラマン軍団を想ったりなどした。

昨日、午後の現場に行く軽トラで、
遠くの山桜を見て、「山、きれい。」と独り言ちてしまった。
いかん、いかん。
あれは仙田や栃ケ原集落にかかる山であり、別に山中の山桜ではない。借景。

ラッキョ達に失礼な例えで恐縮ですが、
綺麗なものを見たら、カレーの福神漬けからっきょうのように、
濁った部分も併行して、凝視せねば。
つねにいついかなるときも、清濁併せ飲んで居らねば。
西原理恵子さんは、
「森はいいよー」と言う美しきCWニコルみたいにならないようにと、
いついかなるときも、ペットボトルを山に投げ捨てる心構えを忘れずに記されていた。

清濁併せ飲む。
忘れかけながら、もう20年くらい掲げているテーマ。
飲んでから、物を言おう。
農薬を批判するなら、農薬を使ってみてから、物を言えばいい。
無農薬も同然。

飲むまで不言実行でいき、
清濁併せ飲んでから物を申して、
わたしは暮らして居たい。

一食ごとに、茶碗一杯ごとに、
世界だって変わると妄信して止まない。

山中、農業まつり「春の部」がはじまる。
Dive into それぞれの土と水と緑。



<人はいつか死ぬが、死ぬ瞬間まで生きることさ……。
 僕は畑を耕す、
 さて、あんたは何をする?>
 (田口ランディ著『寄る辺なき時代の希望』「核の時代の希望」より
  チェルノブイリ被災の「ゾーン」で暮らす青年・アレクセイの言葉)




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かみえちごさんの里創義塾(夏ショート版)でご一緒したユダさんから、
北陸地域の活性化に関する研究助成事業論文集が届いた。

大学の心理学研究室で
自称「最低学力による卒業というボーダーラインを引いた」問題作の論文を出し、
「大丈夫。
 ナオキの場合は大学に残っても、何も学ぶことがないから、
 俺が責任持って卒業させたる!」と、
単位足りなそうだったのに主担当のシマダ先生に
熱く強く背中を押された後のワタシが恐れ入りながら拝読する。













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by 907011 | 2019-04-28 05:11 | Trackback | Comments(0)

「宵祭り」部。

本日。
ヤマナカ、春の山道ぶしん。

市役所から毎春に
「クリーンデー、自分らのとこもちゃちゃっとやるでしょ?
 ていうか、やったっしょ?
という具合の計画書&報告書の様式が届く。
・・・あの計画と報告、ほんとうに要ります?

「クリーンデー、3時間くらい?
 なんか要望でもあったらお上に言うてみ。
 上手にしたるさかいに。
 ほなけんワシ、ちょっとパーティいかなあかんねん、いそいどんねん。
 あんじょうたのんまっせ。」
と偽関西&四国弁で毎回様式がやってはきますが、
なんと申し上げましょうか、必要性が感じとられず面倒くさくなってきた。
(あのペーパーだけのお仕事を峻別して廃止してもらいたい。)

われらの山道普請は長いところ(ほぼほぼワタシらの3組)は朝8時始動で
1時間半の昼休みを挟んで、遅いと17時頃まで終日やる。
(箇所が5組ごとに分かれていて、各組長に差配を任せてあるので、
 たとえば7時から13時まで半日ほぼ休まずやって終える組もある。
 ちなみに俺は3組しか出ておらず巡視もしてないので、他の組の箇所を把握していない)

うちの5歳児や家の外になかなか出られない年寄りなどを含めて18戸31人。
そのなかで2、3戸くらいが仕事あるいは身体の都合で不在になり、
身内も都合つかない家だけは、
盆前の上半期精算のときに、区費徴収と合わせて1日分の日当を負担してもらう。

そして、
農山村、いいねと思うところは、
田んぼや畑で通っている市内の人、それに上記の身内である
(山中では親類の繋がりのことを「ひっぱり」と呼ぶらしい)
セガレさんたちなど、山中の「往還者」たちによって、
集落の農道、水路における、主に草刈りなどが維持されている。
屋号とこの、先祖までさかのぼった兄弟血筋を口伝で聴くひっぱりが少しわかると、
俄然、農山村の暮らしはぶわっとおもしろい色を帯びて映ってくる。

とはいえ、自然な現象として、
集落内プラス往還者連合チームも、
一人また一人と、先細っているので(対照的に、山や融雪時の原野に還ろうとする力、最強。)、
道普請もやる対象箇所を見直そうという話題に毎度なる。
なるけど、会議嫌いの自分を区長にさせているから、
基本的に日常生活での会話を会議に替えて、
役員会もほぼ不要になったので、聴いているようですぐ忘れて我がことに没頭している。

・・・何を書いていたか見失いましたが、
われらは終日けっこうハードなドMな方のやつをやってますと
「クリーンデー」という慣れない用語を見ると感ずる。

グリーンデーの方がしっくりくるねえ。
言葉も、暮らしも、「しっくりくる」方がわかりやすくて良い。

 *

この山道普請を終えると、いよいよ本格的に
山の農業もお祭り騒ぎのようになる。
今年は雪がなくて山菜も伸び、連休に山菜取りとケンカにエネルギーを割かれずに良い。
柏崎市の新しいエネルギー会社設立が楽しみだ。
原発の力ってのはすごいんだなと地元紙の選挙評にも書かれてあった。

ともあれ、
農山村の一つ、山中も長きにわたる農業まつりの本祭が緩々と今年も始まる。
うちの本妻とセガレは、飲み会などの都合で岡野町に泊まり中だ。

山中年齢8歳の一人お誕生日会だった昨夜、
出雲崎で獲れたという雌蟹を食いながら『高柳』を飲んだ。
お酒をくれた(本当はお礼品に村田”ばんきち”夫婦にやったけど日本酒を飲まないので、
メッセンジャーの俺がいただいた。)フサマエさんも山中道普請に初参加してくれる。

2時間半後、うちの組は始動する。
天気も悪いし、16時前には終わらせて、
12時間後は囲炉裏を囲んでだっひゃっひゃと乾杯しているであろう。

怪我と残酒、無きように。

山の草をとって、味噌汁でもつくって、山の中へダイブしよう。

「Is this clean day?」
「No , We do Green Day!
 I'll overkill.」

文法とスペルチェックを願います。
(なお、訂正を教えるときは非公開で耳打ちくらいのコメントをください。)








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by 907011 | 2019-04-27 05:39 | Trackback | Comments(0)

末広。

ワタシの記憶(と手帳)がたしかなら、
2011年4月26日、山中への引っ越しを終えて暮らしが始まった。

「具体性」について、自分は何ら人世計画の欠片もなかった。
われら二人とも無職のまんま。
聞けば失業なのに給付してくれる制度があるというので職安に行ってみたりなどした。
そこでふと帰りにチラシを眺めていたら、
無料の一カ月間、西山に通って森林(林業)を学ぶ講座があると知った。

正直に言って、
一般的な「働く」「稼ぐ」ということについては、
あえて具体的に考え詰めていなかった。
だから、不安定ではあった。
柏崎はもちろん、十日町の方が近いよなあと職安に足を運んでみたりもした。
前述したとおり、自分は求人票を見ると
「おー、この仕事やったらおもしろそうかも」とたまに楽しく妄想してしまうクチだった。
(さすがにいまだと年相応に求人もだいぶ限定されるから、
 とりあえず見ることもないけど、
 たまに十日町に走って、コメリ→ムラヤマ→ムサシと梯子したりすると、
 「お、もし農業破綻したら、こういうお勤めも楽しそうだな。
  種とか農業資材学び放題じゃないか。
  まあそれより、秋田のマタギ文化の郷に帰省したいなあ。」などと軽薄に妄想したりする。)

 *

ただ、一般的なお勤めをあまり考えなかったことには、
27歳の自分の第一次脱サラ・農山漁村志向というのを持ち続けてきたからか、
ごく普通にどっかの何かに勤めてサラリーもらうなら、
はなっからこんな山の中には住まねえよという自分の頑ななナニガシカがあった。

それはその後数年来の葛藤へも深まってはいったものの
(特に周りが、そりゃあ見ちゃおれず、
 「こんなとこでどうやって生きるの?」etc.言わざるをえないから)、
でも、通うなら端っから便のいいところに住むし、
そもそも楽しそうな職種なら長年関係性をつくった長岡市の方が刺激にあふれていたし、
「地域づくり」「コミュニティ形成」とかを志望するような自分であれば、
それもまた、長岡で十分に楽しい経験をさせてもらって、
その延長線上で雇われることを望むか、フリーランス的に組み合わせれば、
それはそれでまあ食ってはいけるでしょうとも思っていた。

だから、というべきか、
山中集落に「無」「0」という空の単位が欲しくて、転がり込んできた。
というと綺麗ごとなので、
もう一方の直観というか心身の声として、
そろそろ街に嫌気がさしていたというのも事実だった。

長年来通って、よくわからぬ自分という物体を毎晩考えさせられ、形作ってくれた、
「居酒屋」と離れてしまうことは、いまだに難儀を感じている。
まったく不便だ。

でも、それでも、
自分が持っているものすべてを放り投げても、
なんというべきか、自分なりに感じたり培ってきたと想えた”明るい方”に行ってみたい。
そういう気持ちが強く勝っていた。

少しだけの備蓄というか貯めた経験や、
決して見返りを求めずに自分の面倒くさくて青臭い考えや思い付きでやったこと、失敗含めて、
いつも無償の愛で可愛がってくれていた、
さまざまな場面での知人友人つまりは恩人に対しては少なからず(今だに)、
「一時間で会えるから」など言いながらも物理的に離れるし、
会う頻度は必ず希薄になる、
何より環境が大きく変わることで、
自分はこれまでとも思考もいったん捨てて、
山中というところで生まれたての小鹿のようになることは必至だった。

感受性も考え方も価値観も、
これまで自分が「軸」と呼んできた基準すらも変わることを意味するとも思えた。
社交辞令的に送別の体裁をとりつくろって(自分は別れ方というのがひじょうに苦手な男だ)、
ヘラヘラとじゃあいずれまたそのうち、などと口にはするものの、
自分の先に何ら具体的なものがあるわけではなかった。

自分農みたいなものに近づいてみたい。
暮らしをつくるためのその暮らしを一歩ずつしてみたい。
何でもまず自分で考えてみたい。
そこらへんについてはあまり干渉してほしくない。
一方で、何がうまくできるという自信もまったくもってない。

8年間が経過して、
あまり自分のなかの大切にしたかった部分が変わったという自覚はない。
大変なことはたくさんあった。
場面場面で地区内外(やっぱり以前の仲間恩人が助け舟をいまだに出してくれたり)の
ほんとうにいろんな考えと経験とを備えた人たちにつっかえ棒のように支えてもらえたし、
それでも自分の方が勝手に(それも一度や二度なんてものでなく)折れてしまって、
床に臥せたり、深夜に壁に向かって煩悶したり、涙で枕を濡らしたり(?)などもした。

なんだか学校の卒業式みたいな気分になってきたので、やめよ。

変わったという自覚はあまりない。
変節しがちな自分というのはいっぱい見た。
肯定も否定もいまだにいっぱいある。
自分が間違えていると感じることもままある。

矛盾になりますが、
変わった自分というのもそれでいて在る。
変わったというか、「あこがれ」へのよりいっそう強まる衝動を感じながら暮らして居る。
自分なりにその時に思いついた暮らしをつくりたいと考えている、
だから変わったような、けど変わってもないかと振り出しに戻る。

歳を重ねて、退化する部分もたくさんある、身体だけでなく脳みそだってそう。
あと20年くらいで自分は死ぬんじゃないかなともわりと毎日のように思う。
だからなのか、この環境に内包されているせいか、
「死にてえくらいつらい」と感じることがなくなった。

<発展ではなく永遠の世界。>
と内山節さんが『風の波紋』に寄せて書かれていた。

距離を置いて俯瞰してみて、
自分が物心ついてからずーっと抱えてきた生きづらさとか弱さって、
何なんだろうなとふと考える。
弱さについては死ぬまで遭遇し続けて、感じたり考えるのだとも思う。

社会的には父親になった。
父親であり、秋田を飛び出した次男坊であり、
山中の年寄りには「ナァ(お前)が山中の長なんだから」とはっぱをかけられることもあったり、
高柳では婿どんであり、
でも土にさわってることが、金よりもちょっと好きな、
「百姓みたいになりたいなあ」とずっと憧れている、残り20年選手くらいの小生である。






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変わっているのか、
そもそも変化し続けたいという願望がうすく、
変わりたくないという想いも特段ない気がする。
すべてそのときどきの思い付きで暮らして居るようなもんだ。

だから、たとえば、大勢で話していると会話の的が絞れず混沌として、
話していることの意味がわからなくなる。
独りか、あるいは一人二人と話していると、その時だけは対話ができる。

こんな自分なので、相談の一つでも受ければ、
支えてもらった分の数パーセントでも、
少しは誰かの何かの役に立てないもんかなあと驕ったような想いを抱く。

とにもかくにも、
三十路を過ぎた男が40過ぎるまでのこの時間、
利己的な意味では理想的に恵まれた環境下で、自己責任で(持ち合わせの金はないけど)やり、
その裏でいろんな関係する人に尻をぬぐわせつつ、しれっと暮らして居る。

8年間すべて、良い時間が多かったとも決して言えない。
でも悪い経験とか無駄な失敗ってのは皆無だった。
「痛みは糧に」とアイコさんが以前書かれていた。

歳を重ねるごとに思うけど、
自分が憧れていられる男どもが周りに居るという暮らしは素晴らしい。
男が想うかっこいい男がいる。
(かといってその男の人にしても、
 時に酒飲んでひっくり返ったり、たまーに下手打ったりもしている)
男にこだわらず男女関係なく、人間味があって「すげえ」とうならされる人がいる。
歳の上下も関係ない。
ただ、存在している。
その人たちなりに考え、暮らして居るのを、時々に見かけたり話したりする。

実家秋田の親の体調などもあり、
この8年の先がどうなっていくか、
5日後に何をしているかもわからないような自分なので、
先の話は皆目見当がつかないし、考えても意味を持ち得ない。
8という単位も特別に意味もない。

ただ、8年前のことをぼんやり想っている一日になるような気がする。

 *

「そや。
 あのな、何でもなぁ、誰かと会ったり、会わんくても言葉か記憶か交わすことはな、
 みんな”ご縁”なんやとワタシは思ったの。
 アンタもいつかわかると思うよー、あ~ご縁なんや、てな」
とオーサカのネーサンが立ち飲み屋でふいに話した言葉を思い出す。





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<それは手作りの世界であり、
 この大地とともに暮らすプロフェッショナルな人びとの世界だ。

 進歩ではなく、深められていくことを喜ぶ世界。
 発展ではなく永遠の世界。技術ではなく技の世界。知識ではなく知恵の世界。

 そしてこんな人間たちの営みを見守っている自然。
 それはいまでは多くの人たちのあこがれている世界だ。>
(内山節・哲学者)




・・・私的に自分の「山中誕生日=2011.4.26」と刻印されているのですが、
もし間違えていたら(たぶんもう一生気付かないけど)、恥ずかしいなあ。








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by 907011 | 2019-04-26 06:42 | Trackback | Comments(0)

コッペパン文化。

不定期活動任意(無許認可)団体、
「山中から石黒を勝手に愛する会(仮名)」のイサオ会長と石黒へ。

届いた稲の出芽苗と、法人のイセハル代表の室からの出芽苗と、
合わせて1300箱くらいを並べる作業体験、8:00作業開始で
石黒の学校跡の、”ソウフウ園”跡、の法人の育苗広大プール空間へ。

法人石黒は格納庫の移動に伴い、
自前の事務所もお開きになられる様子。

昨日はご多忙のイセハル代表も副代表のアキオさんも不在で、
石黒人のなかでも、どちらかというと「てやんでい」的な江戸っ子っぽい気質の
トキヨシ親分(時が吉と書く。高柳人の名前はけっこう字面が面白い)の差配のもと、
トキヨシさん夫婦、カツヨシ(勝って善しと書く)さん夫婦、
ショウサク(昭るく作ると書く)さん親子の6人チーム(間違えてたら御免なさい)に、
プラス我ら「山石会」(YIKA)会員2名で合流。
自分は流れがよくわからんかったけど、
「なんが、単純肉体労働よ~」とありがたいお言葉をいただき、
単純明快におよそ2時間でかなりスムーズに終わった。


「昭和」は、
『書経』の「百姓昭明、協和万邦」から、
「昭」と「和」を組み合わせたものです。
(引用先:検索した中にあった「エキサイト」より
 https://www.excite.co.jp/news/article/BestTimes_10200/?p=2)

門出には「和」のナゴミちゃんも居る。

一服時にお茶、コーヒーと、「横綱」っぽいねじられ型せんべいおよび、
定番のバナナとコッペパン(ジャム&マーガリンが基本)をいただく。
小腹が減った時のコッペパンは飲物かのように口に胃に入り溶けていく。
ウガンダの名言「カレーは飲みもの。」を思い出す。

 *

先日の高柳町自立経営農業者会議(関矢ミツタカ会長)の”御発声”で、
門出和紙のヤスオさんが、石黒の一服時のコッペパンの話題に触れて、
「じつは”コッペパン文化”というのはまさしくその通りで、
 我々もこれまで高柳の地域づくりを考え、活動をするなかで、
 よくコッペパンをかじったり、まあ酒を呑んだりもしながら、
 そうした関係性から、あれやこれやいろんなことができたことを想った。」
と振り返られていた。




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イセハル代表の室からは、水気を含んだのをパレットごと、
軽トラ4台にフォークリフトでドスンと積まれ、
落合からプールまで坂を上る。とりあえず無事にパンクもせず登れて良かった。
(10円玉を後ろに挟んだ懐かしのチョロQみたいにウィリーするかと思った。)

 *

途中電話をもらい、終わってからお昼まで
グルグルハウスのデザイナー・フサマエさん(ストーンキャップ社)宅にお邪魔して、
いろいろ預かったり、もらったり、
飲ませてもらい(アルコールでなくカフェインの方です)ながら、麦麦パンをつまみ、
渓流釣りと内山節さんと高柳暮らしの話を聞いたり言ったりして、
ちょうど良い分量の身体と知のきしみを交錯させながら、山中に戻る。

今度、岡野町フサマエ家の合鍵を盗みに入っておこう。
男はいつ何時でもビールを飲める態勢をとっておくことが肝要だ。

福祉の包括支援センターさんからの電話をもらったままで、
(担当が「石黒」さんだった)折り返したら、
山中への個人訪問と立ち合いの件だった。

昼休みに田んぼを見に行きがてら、
いま高柳で一番新しい赤いポストを玄関に設置したフミオさん宅に
タラちゃんとイクラちゃんかのような速さでべろべろとあがり込む。

旧”ばんきち”宅の素敵空間「フミオさんの城」に、
”はちべえ”ヒコスケさんからワンドアのちょうどいいあんばい、
かつほぼ新品な冷蔵庫が贈られ、ドア裏の右隅には一番搾り500が正しく冷やされていた。

「おー、このビールよ~、
 イサオさんと二人で飲みに来るっていうからよ~、
 1階に一箱買ってあるっと~。」
とフミオさんはどことなく演歌歌手のような語尾の言い回しで、
酒の完備されてゆく我(自身は一口飲めばいいクチなのに)が城を満足げに見下ろしていた。




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市議会議員選挙の投票所の真下で、
一階を片付けた公民館の避難所防災スペースも負けじと、
てきとうに掃除して、そこここの家に眠る棚たちを引っ張り出して、陳列し、
「あくまで自主防災」としてのグッズである缶詰や乾きものなどを置き、
ついでに段ボールに眠る古本も並べ、
グル高・イマイさんはイスをくれるとおっしゃる。

(そういえば、グル・高橋って新興宗教の人もいましたよね。
 ああいえばこう言う、グループ魂の『中村屋』は素晴らしい歌舞伎の声浴びせ型コント。
 フジロックでの中村屋はおもろい。
 松井カズヨと松井バカ一代と鳳啓介と越後製菓とか。)

山中自主防災会としての視座をつねに保持しておくために、
避難時の「食」の確保のために、時間を割きつつ、
「山中の角打ち」設立部長として、日に1%ずつ進行したり後退したりし中
(ワンドリンク+缶詰で500円を想定。
 ”100万貯まる貯金箱”を購入する予算を作成するための一時借り入れを予定中)。

依存する部分と、自立する部分をより明確に。
あくまで視野の届く圏域で。
すべてを、中学生の部活の具体性と個性とで練り続けて、
暮らしのつくり方を試行する。
思考、仮説、試行、実験、検証、振り返りと裏付けetc.
PDCA(で合ってます?)とかよりも、
より具体的な山中版の落とし込み型に、
われらは必然的にアップデートされてゆくのでしょう。
コッペパンが文化の一幕をつくるように、
われらは暮らしながらわれらの社会や世界のつくりかたを見る。

そもそも、コッペパンってどうやってつくるのだろう。
塩沢にはプロが居り、
また、たとえば漆島のナガエ師宅でも奥様がパンを焼く。
うちの下の畑ではライ麦がひょろひょろと雪下の眠りを破って育ち始めた。

ビール麦、まかねば。
いろいろ醸して保存して満足いくまで、
保存食のテイスティングを繰り返して、とりあえず一回飽きる頃までは、
わしゃ生きて暮らして居たい。
あいどんわなだい。








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by 907011 | 2019-04-25 05:38 | Trackback | Comments(0)

さ、いこうか。

欲があるから、これまでに生き延びてこられたのか
欲があるから、これほどまでに生きづらかったのか

どっちかは、ついぞわからないし、
一生を終うまでわからないままだとも思う。

先日届いた『古志の生紙便』を一読後、
ふとした時にずっと眺めていたく、失礼ながら
トイレの便座真横に貼ってたまに”ふとした時”に凝視する。
「万物は一対である。
 対は二つで一つ。」とも記されている。

驚くほど雪が少なかったこともあり、
いままさに春の水不足からの初動でたいへん苦心してますが、
帳尻合わせに雨も降って伴走してくれるんでしょう。

いずれにせよ、
冬を乗り越えて、からの春の爆発的なエネルギーを今年も感受している。
身体が先ず悦ぶ。
ついで頭に快楽が走る。

やろうやろう。
食え、泣け、飲め、笑え、獲れ、耕せ、植えれ、護れ、少しは何かの役に立て。
できることがあるのなら、それができるのだから、遠慮なくやれ。

さー、いこうか今日も。
サイコーか。今日も。

Ready steady,…Go!
Dive into 山中。















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by 907011 | 2019-04-24 05:46 | Trackback | Comments(0)

グループ「魂」。

農繁期になると田んぼに向かう道中で椎名林檎さんを好んで聴きつつ、
グループ魂の『有名になりたい』が好きだ。
”コントロックバンド”ってなんだよと思ったけど、
さすがクドカン、
「有名」の意味付けから羅列されゆく言葉の疾走感がなんともおもしろい。

映画『ボヘミアンラプソディ』のなかで
地べたを足で二回ドンドンと踏んで、
手を一回「ちゃ」っとクラップする、
観客も演者のメンバーになって曲をつくりたいんだという、
「We will lock you」のくだりがあったけど、
この「有名になりたい」も同じリズムから始まる。

それはどうでもいいとして、やっぱり言葉がおもしろい。
「有名になりたいこと」はなぜか「パチンコ(台)になりたいこと」と同じで、
いい大人なのにあいさつしないヤツに不満を述べ続ける。
「内向的だと聞いているよ。」とさえ歌う。

 *

まあ、それもそうとして。
山形のドキュメンタリー映画祭で初めてお話をさせてもらった、
長岡の小林茂監督の撮影のテーマ選定もつねに意表を突かれてたまらない。
たしか、『森聞き』を見終えた山形駅前あたりの上映会場だったと思う。

前述したように、
今回は性虐待に迫る。
写真を撮るという表現行為は、自分が想うような昇華であるのか、
サバイバー(生存者)たちを追う。
生きることは、バランスをとるということ。
これまた前述して抜粋したように、
田口ランディさんが、眠れぬ女は夜中に真剣の刃の上のようなところを歩きながら、
眠れぬということで自分の生のバランスを手繰っているというような詩を書かれていた。

自己肯定は、外部との折り合いをつかみ取るかもぎ取れるか、手探りすること。
「自分」というこのサイズの物体がうごめいていることで、
世界は巨大なゼリーのようにそのサイズを包んで、
自分と外部(他者や自然や空気)で世界はできている。
内向性も大切、
むしろ外向的センスよりもよほど自分にとっての軸となるのは、
自分に何を内向させて暮らして居るかだと思う。

内向性は記憶の蓄積でもある。
過去の蓄積は、自分がやっちまったことも8割くらいあるし、
20代半ばくらいを過ぎればほぼほぼすべて自分の選択ともいえる。

でも、決して忘れたかのように飛ばされたくない部分は、
ずっと以前の記憶も、現在の内向に強く関連しているということだ。
幼いころ、物心つく前とか、
学校いくのが嫌で、一人で遊ぶのが好きで、
でも孤独にさいなまれて、受け入れてくれやすい誰かや何かに内包されていた記憶。
選択肢すら見えていなかった頃の、
力を何ら備えてない時期に、ただ押し付けられた記憶。

自己責任の後の記憶よりも、そうした以前の記憶の蓄積の方が
自分の内向性には作用しているように感じる。
トラウマってのも、深い意味はよくわからないけど、そうしたものだと想像する。

小林監督撮影中の『魂のきせき』の封切りは、
自分の内向性にとって、春爛漫の萌芽のような気付きをついぞ期待してしまう。

長岡から送っていただいた、刷られたての制作趣意書を、
いずれも少量ずつですが、
・グルグルハウス高柳さん
・子ども自然王国
・高柳町事務所の奥にあるチラシコーナー
・柏崎市内の社会福祉協議会さん

あと、昨朝に(たぶん)
「俺は田んぼを見にいくぜ~」という真剣な面持ちでノリオカ父ちゃん軽トラとすれ違った、
麦麦ベイクさん(昨日お願いに行けず)にも置かせてもらう。
いずれもチラシがひしめきあう激戦区でもありますが、
ぜひ手にとって、制作の趣意だけでいいです、
あの想いをぜひ一読いただければ幸いです。
小林茂監督という人間、そのカメラの先にのぞいている世界を、
何でもいいです、感じてもらって、
それぞれの世界観の裾野に何かしか揺さぶられるものが残像のように残ると思います。

という、ただ右にある紙を左に動かすだけの、
個人的勝手呼びかけ部活動でした。

決して重く受け止める気もない。
かといって軽く受け流したくない。
それが自分を動かしている内向性の持ち得るエネルギーだ。

「内向的だと聞いているよ」と、阿部サダヲは言う。

貴方の内に向き刺さっているものごとをどうか大切に。

 *

we will,we will lock you.の「ユー」は自分自身かもしれない。
『卒業写真』にある、あのころの生きかたをアナタは忘れないで、の
「アナタ」とは、内に潜んで蓄積されている過去の自分の記憶かもしれない。










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by 907011 | 2019-04-23 03:11 | Trackback | Comments(0)

ヒゲのびても気にしない、と奥田民生は歌う。

寝落ちして2時前にえいっと起きたら、
高柳唯一のヒゲ部名誉顧問(自民だから原発はまあ廃炉主張できない様子)が、
中位くらいか当確されていた。

万々歳。
と同時に、同性にさえも不評だった、
”一人無言応援キャンペーン”でつながったもみあげと強化されたヒゲのうち、
(「ほら、皆まで言わんけどこんなヒゲの人がいるでしょ。」と我がヒゲをさすり続けていた)
風呂で口ひげをまずさっぱりさせた。

よろしく千萬あるべし。
たまさか先日、八海山のこの焼酎を買い、
ラベルを眺めていたら、
「限りなく多くの福を願う言葉なのだ」と説明されていた。

先ほど頂戴した、
門出和紙の高志の生紙便のヤスオさんの文章に、
「陽の当たらぬところに、陽を当てるのが政治だ」とあった。
氏もコータローさんの応援でたびたび口にされていて、
まさしく政治とはそういうものだったのかと感心した。

「政治」には、
若造ゆえにか、どこか距離を置きたいと本心か勘か、
なにより巻き込まれては面倒そうだしと敬遠してただ漫然と暮らしてました。

柏崎市のパブリックサーバント(公金を扱う上での「公僕」という自律心)の首長におかれては、
お話しの口当たりや説明が見事巧みで、
「さすがは学習塾」とうならされるものがあったけれど、
されど、書き言葉をたまーに市報などで目にすると、
書く方の言葉や想いの伝達手段としては失礼ながら上手とはお見受けできなかった
(ドナルドキーンさんのこと、ほんとうに読み返したのか?と、
 自分の不勉強は棚に上げつつ、思わず目をこすって二度読みした)。

人間的な本質とも呼ぶべき想いを書き言葉に殴って(?)伝えた一人・太宰治なら、
「メロスには政治がわからぬ。」と明記しておる。

何の職業にせよ、トップはどうしても孤独心に陥ってしまう存在だ、
と荻ノ島のトシオさんが一杯で隣になった際に言われていた。

多忙ななか農政部門においても川上や水源の現場を視察時間がとれないためか、
机上のペーパーしかお手に届かない故なのか、
たとえば”柏崎市認証ブランド米”というのもいただけないなあなどと
百姓見習いにすら感じるところがあるので、篤農家はなおさらのことと察する。
サクライ後援会の農山村地区代表の一人として、
市長の2期目が無事に継続されてゆかれるのか、ワタシはたいへん心配でならない。

お役所的な「公平」という唯一点、一神教のような精神は、
もはや逆に不平等に陥っている。
暮らして居ればおおよそは自ずと肌に触れてわかるものがある。
ペーパーやネットではわからない。紙と網では。
折れた焚き木を拾って燃やして火を見つめていた方が勉強になる現象は多い。
火は揺らぎ続けるから。
自然のなかに絶対的な直線は存在しないから。

「不公平こそが公平なんだよ。
 何いってんだ、努力してんだよ。
 不公平が公平なんです。
 公平がいちばん公平じゃない
ヒッチハイカーは言っていた。

人の数、事務処理の質ではなくカウント数etc.
人間をコストとして、
人の暮らしを単なるコストとしてしか、見えなくなった時点で、
「自他肯定」は存在し得なくなる。

陽の当らぬところに、最小限でもいい、陽を当てる最大限の努力を期待して
少しの納税をしつつ暮らしていたい。

宜有千萬。
限りなく多くの福を願って居たい。

海の街ではない、と感じる。
海、森、川、山(&ザ・原子力発電所)の柏崎だと我らは想って暮らしていたい。
森や山は海や川を慕い申し上げる。
海川の水は山森をきっと慕うのだと思う。

<『森聞き』は君の知恵をよみがえらせる。>

まちなかだけじゃなく、まちそとも。
一色では面白くない。
青年だけじゃなく、”緑年”もヘラヘラと居て暮らしている方が楽しいでしょう。











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by 907011 | 2019-04-22 04:19 | Trackback | Comments(0)

平成最後の春祭り。

「ご存知の通り、平成最後の劔神社での神事となります。」と
ヤシロ神官さんに祝詞を終えた後に言われてそういえばと気付いた。

終わってお神酒をいただいていたら、
足を悪くされたヤシロお父さまが隠居しつつも、
「宮司」としては位置しており、自分は「ネギ」ですとおっしゃっていた。
はたして、禰宜という字で合ってるのでしょうか。

家を建てる構造にも根木がありましたよね、と思いつつ、
その前に、「平成最後」というのをすっかり失念しておった。

「ではまた令和の秋祭にぜひ豊作の感謝をお祈りできるようお会いしましょう」
と兼業神官のヤシロ若さまは
(前回よりも呼吸は落ち着き汗一つかかれていなかった)お帰りになった。

 *

とにもかくにも平成最後の山中・劔神社の春祭が無事終わり、
間もなく外仕事に出るので、
今日はお休みしようかと去年を遡ってみたら、やはり去年も春祭のことは書かれていなかった。

だいたい、こんな感じです。
春祭の前後(一昨年バージョン)。

神社負担金7700円。黒姫山の上の鵜川神社負担5400円だったか。
その他玉串、幣束料、御車代として概ね15000円。

たびたび記してますが、
私は数々の受験などをその場限りの必死の懇願一つと一夜漬けで乗り切ってきた、
神頼みのプロであり、もちろんそれらすべては見抜かれているのですが、
酒の神様・バッカスと農耕と集落を護る劔神社および廃村・岩野の諏訪さまには、
すすんでお祈りする。(特にバッカス様には毎晩入念な祈りの儀を欠かさない)

帰り道にカズミさんらと話していたら、
最後財政が尽きたら、もう神社庁も申し訳ないけどやめさせてもらって、
ナオキ君がなんとなく文言を書いて、読み上げて、
手前たちで神社の祭りをしようという結論になった。

貧乏百姓は、なんでもナリワイにするのだ。
来年も懲りずに変な行事名が増えていくだろう、山中。
適疎=God  Good Balance.

 *

そして、先般グルグルハウスなどで社協さんたちと話していて、
ふと思ったのですが、
「農家は良いですよ。」とも感じさせられた。

土台、単年度決算で続く仕事じゃない。
連綿とした暮らしと自然に内包された(恐ろしく自然に急かされる「天然のスロー」な)時間だ。

なので最終的には
「自然にはかなわないなあ」とか「お天道様のいうことにはさからえないもの」
「こればっかしは仕方ねえよなあ~フフフ」と、
うまくいっても、
うまくいかなくても、そのケツを主に山の側に押し付けて、
春夏秋冬、頭をぽりぽりとかいて、
ヘラヘラ笑っとるです。









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by 907011 | 2019-04-21 05:18 | Trackback | Comments(0)